目が覚める少し前、意識だけがふっと浮上することがある。そういう時は寝惚けてるって言うんだろうな多分。時々そんな風に明け方に気がつくことがあって、なぜかそんな時はすぐ傍にあるはずの温もりを求めて手を伸ばしてしまう。なぜだろう、人肌恋しさなんだろうか。
俺とあいつの間にある間柄は恋人などという甘い枠に嵌るもんなんかじゃ到底ない。夜古泉の部屋に泊まるのは俺とあいつの利害が一致しているだけで、だから夜はそういう行為に耽っても甘い感情なんか抱くわけもなく、朝目が覚めたら昨晩のことが夢みたいに───実際最初は戸惑った───そこにいるのは士官学校時代からの腐れ縁の友人だ。
古泉がそうだから、俺はそれに疑問を持っても文句を付けたことはない。認めたくないが、俺は士官学校時代からの腐れ縁のこの友人に、言いにくいことに同性としてはあるまじき感情を抱いている。だから。
ただそれには気づかれないように。古泉が俺にそんな感情を求めていないのは知っているから、だから。なのに。
朝方のあの一時だけ手を伸ばしてしまうのは何故なんだろう。

昨夜までの仮でもいい、恋人だった時間に縋りたいんだろうか。
寝惚けていることにして、もう少しだけ、古泉という男に触れたいんだろうか。

どちらにしろ、そんな時の自分は、自制がきかないほど甘い感情を抱いているのだ。
きっと。




「……っ」
寝返りを打った拍子にいつものように半覚醒になったのに気がついた。
気がついただけで頭はぼうっとしている。それにまかせて腕をまた伸ばした。
いつもはそこにその温もりがないことを俺は知っている。古泉は朝が早いのかいつも俺より先に目を醒ますし、こういうときに手を伸ばしてもあいつに触れた試しがない。だからこれは前代未聞だった。
指先に触れたのは暖かな肌の感触。
ああ、まだいたのか。珍しい。というか初めてだな。
それが予想外に嬉しいと思ってしまったらしい俺の寝惚けた頭は、指先に触れた熱に縋るように身体を寄せた。多分背中だ。男のくせに無駄に滑らかで無骨さのないその背には士官学校時代に負った傷痕が残っている。だからわかる。古傷だけど昨日爪を立てたかもしれないと思うと申し訳なさでいっぱいになった。どうした、俺と思ったときにはもう遅かった。寝惚けてるんだから仕方ないだろう。
触れた傷痕に唇を寄せてキスをして。
そこで、古泉は目が覚めたらしい。

「…あなた…」
何を、と戸惑い気味に起きあがった古泉の声が頭上から降ってくる。寝惚けにまかせて莫迦なことをしたともの凄い勢いで後悔したね。こうなったら狸寝入りしてやる。ん? ってことは俺はもう起きてるのか?
兎も角俺は寝ることに決めた。起きたりなんかしない。そう思った次の瞬間、あり得ない台詞が古泉から発せられて俺は目を見開いた。
「…あな、た…誰です…?」
「…は?」
予想外の言葉に目を見開くと、俺を見下ろしている古泉の方が驚愕の顔を浮かべていた。なんだよどうしたんだ、俺は俺だろうが、と呟いた声がどうもおかしい。風邪でも引いたんだろうか、と思ったがそれにしては変だ。声は低くなったんじゃなく高くなっていたし、どこかひっかかったような気もしなかった。どちらかというとあれだ、ヘリウムガスを吸い込んだ時みたいな変わり方だった。声はそこまで高くはならないが。
なんだと思って起きあがって、古泉がそこで全力で顔を背けた。うっわお前なんだその反応。だけどそこで俺もさすがに目が覚めた。
起きあがった拍子に肩までかけていた布団が落ちたのはまあ予想通りとしてその下にあった自分のはずの身体がおかしくなっていることに気がついたのだ。

「…なん…っ」

そこにあるのは女の身体だった。
































「古泉これ袖長い」
「袖が長いんじゃなくてサイズが大きいんですよ」
「どっちも同じだ、つうかわかっててなぜそんなもんを着せる」
「他にないので我慢して下さい。今の貴方に何も着せないでいるのは目に毒です」
目の前にいた見覚えのない女が誰か古泉が理解したのはついさっき。理解した途端とりあえずこれを着て下さいと古泉の制服 ( 上着のみ ) を渡された。何も着ていなかったからだ。ただでさえ身体が縮んでるんだから古泉みたいな上背のある男物なんか着たらこうなることは分かり切ったことだったが、自分の服は生憎昨夜の行為で洗濯行きになっており着用不可だった。因みに古泉の服は当然ながら古泉の部屋なのでたくさんある。縮んでまでしてこいつとの体格差を思い知らされたくなんか無いってのに。
「お前、いつも服着たままはやめろって言うだろうが」
昨日のあれだ。こいつは兎も角俺は自分の部屋じゃないんだ。服に皺が寄ってたりするくらいならまだしもあからさまに言いにくい物で汚れてたりしたら部屋に帰るときに神経をすり減らすと前に言ったはずだ。古泉はすみませんと謝ったが今度からあなたの制服もここに置いておきますねと言った時点でああ改善する気は更々無いのだとわかった。忌々しい。
「それで、どういうことなんだろうなこれは」
自分の状態を指して言う。生まれてこの方自分が女になる日がくるなんて思いもしなかったぞ俺は。
「そうですね…昨日あなたどこかで未知の生命体に遭ったりしませんでした?」
未知の生命体による身体変異ね。確かに宇宙は広いしまあその可能性はあるかもな。だけどそんな昨日の晩ご飯はなんでしたか的に軽く言うなよ。
「俺にとっての未知の生命体っていったらあれだな」
俺の言葉に疑問符を浮かべた古泉は、ハルヒだと言うと得心したように笑った。

涼宮ハルヒという名前をこの艦に属している者で知らない者はいない。
本人は奇抜で強引な性格だし、それでいてリーダーシップはしっかりしていて下の者には好かれる。だから人間的にも目をひく存在ではあるのだが、それ以上にハルヒには別の意味で目立つ要素があった。

勝利の女神、だ。

ハルヒの属する艦は ( 今の艦ではなく士官学校時代のものも含めすべて、だ ) これまで戦闘において負けたことがない。どんなに不利で絶望的な状況に置いても、信じられないほどの奇跡でそれは起こる。
本人は自覚していないが、それはある意味異常なことだった。
説明がつかないほどの力だ。夢を現実にする力だと、彼女を祭り上げた上層部なんかは莫迦なことを言っている。
「俺が女になる夢でも見たのかもな」
冗談半分に口にする。もし本当なら随分な力だが────。
「彼女は勝利の女神であって奇異な力の持ち主ではありませんよ」
「ああ」
わかっているが、ハルヒの突飛さはそれすら可能にしてしまいそうなところがあるのだ。苦笑しながら俺もそうであることを祈る、と呟いた。


「とりあえずここから出ないようにして下さいね」
「なんでだよ」
「…ここは男子寮ですよ、女性の方がいるなんてわかったら大事です」

古泉が額を押さえて溜息を吐く。
いや、悪い今のは失言だった。忘れてたんだよいつもみたいに普通に部屋に帰るところだったよ、ああくそ、溜息を吐くのは俺の専売特許だからやめろ。
「兎に角、貴方の休みは閣下には僕から伝えます。現状に関しては長門さんに相談してみますから。あとお昼はとりあえず部屋にあるものを食べて下さい。ええと他には」
「ああいいわかったからお前もう早く行け。仕事遅れるだろうが」
そうなんですけど、と古泉がどこか不安そうに視線を向けてくる。
「そう心配したって何か変わるわけでもないだろ。困ったら通信入れるしさっさと行け」
しっしっと追い払うように袖に隠された手を振ると古泉も漸く部屋を出る決心をしたらしい。じゃあ、と身を反転させる、その背。いつもより高い位置にある広い背中だと思った。思って。
手を、伸ばしていた。

「……っ」
「…あ、の…?」

どうした、俺。今出てけと言った舌の根も渇かぬうちになぜ古泉の服なんぞ掴むんだ。自分で自分の行動を理解しようと必死に頭を回転させる。駄目だ、なんだ、うまく考えがまとまらない。あーだとかなんとかしどろもどろ口にする一方で、戸惑いながらも古泉がそっとその手を取る。触れた体温の感触に、思わず身体が竦んだ。
「不安…ですよね」
え、と顔をあげると、古泉の琥珀の眸と視線がぶつかった。
「ひとりにさせてしまって、すみません。なるべく早く戻りますから」
労りの表情、かける言葉の優しさ、いつもより甘さを含むその声。

─────背筋が、ざわついた。

最後に取った手の指先に口づけて、古泉が部屋を出る。
閉まるスライド式の自動ドアを見つめて俺は吐きたくもない溜息を吐いた。

女は男よりも感情豊かだとかいうのは聞いたことがあるが、それは本当のことなんだろう。
不安、だったかどうかは兎も角として、手を伸ばしてしまったのは事実。俺は、多分あの時離れがたいと思った。目が覚める前のあの時のように。自制がきかないほどの甘い感情に支配されている。普段押し隠している感情が膨れあがっているようで正直どうしたものかと思った。
袖に隠れてしまった指先、さっき古泉が口づけたその温度すら明確に思い出してしまって頭を抱えた。
こんな状態じゃ簡単にこの甘い感情に引きずられて自分は押し隠してきた感情を吐露してしまうのではと、焦った。それだけは避けたい。古泉がどれだけ見目麗しく甘い声で王子様的態度を取ろうと、俺はそれに耐えなければならない。

そういえば、とさっきまでの古泉を思い出してふと思う。

優しさだけを詰め込んだような言葉や声、仕草、表情。あれを見て、ああこういう表情を向けられるから、艦の女性士官はこいつに恋をするのか、と理解した。王子様的容貌に王子様的態度、女が夢見る理想像ピッタリなんだろうな。今ならなんとなくわかる。不覚にも俺も少し、その、見とれた。
だけど。
あれは完全に女に対する態度で。
『俺』に対する態度じゃなかった。

「…外見で判断するなよ」

苦々しく吐き捨てたその声は、誰も聞き留めることなく部屋に小さく響いた。



狭い寮の一部屋で一日過ごすってのは思っていた以上に退屈なことだった。
端末を弄ってデスクワークをしようにも、仕事を休んでいる以上自分のIDで端末が開けば誰かが不審に思うだろう。しかも逆探知されでもして古泉の部屋から操作しているとわかっても厄介だ。それは出来ない。
部屋から出ることも出来ず軽い軟禁状態みたいだな、と苦笑しつつ思った。自分の端末宛てに通信が入ったのはその時だ。ピピという電子音の後に映し出されたホログラムモニターには長門有希の文字があった。通信許可を入れると画面にはSOUND ONLYの文字が躍りかすかなざわつきやコンピュータの稼働する低い音が聞こえてくる。
「長門、…」
どうした、と聞きかけてどうしたも何も古泉から状況を聞いて通信をしてきたのだろうとすぐに気がついた。愚問だ。
声が違うと思うがわかるか?と聞くと音の向こうで微かに彼女が頷いたような気がした。
「幕僚総長から聞いた」
「そうか」
何が原因なんだ、と問うとホログラムの画面が一旦停止し、その一瞬後に膨大な情報がその画面に映し出された。なんだこれ。よくわからないと目を眇める俺を前に長門は朗々とわけのわからない説明を始めた。いや、長門よ、お前の知識が豊富なのはわかるがその説明はさっぱりわからない。つまりどういうことなんだ。
「…情報生命体の一種。人の脳に働きかけ可能な限りその対象者の思考をトレースし情報を構成する。先日保護した遭難艇に違法に保持されていた物と思われる」
確かにこの艦は先日遭難していた船を拾った。それで、その船が違法に所持していたそのよくわからんものがどうして俺にこうなる原因を与えたんだ、と問うと画面向こうでぽつりと長門が「あなたはそれに接触した可能性がある」と言った。
そう言われてもなぁ。さっぱり覚えがない。というかわけがわからない。
つまりなんだ、どうにか解決はできるのかと聞くと再びSOUND ONLYの文字に戻った画面は沈黙を始めた。…長門、不安になるんだが。
俺の不安に思う気配を感じ取ったのか、SOUND ONLYの画面は静かな声で「あなたの状態を改善することは可能」と答えてくれた。なんだ、なら大丈夫なんじゃないか。俺は長門の言葉には全幅の信頼を置いている。長門がそう言うのなら特に心配することはないのだろう。一気に肩の力が抜ける。
それで、どうやれば戻れるんだ、と問うと画面向こうで長門は小さく呟いた。

「あなたが、そう、望めば」



そう、望めばって。
俺はこのまんま女でいたいなんてこれっぽっちも思っちゃいないし、さっさと元の状態に戻りたい。そりゃあ朝っぱらから結構自分で思っている以上に混乱していたようだし頭の中は整理がついていなかったのかもしれないが戻りたくないなんて思わないわけで。なのになんで戻れないんだ。俺は未だに女のままだぞ。


「……あの、大丈夫ですか? どこか具合でも…」
耳慣れた声が聞こえる。肩を揺すられて目が覚めると見上げた先に随分心配そうな顔をする古泉がいた。長門に言われたことを延々考えている内に古泉のベッドで寝てしまったらしい。目を開けた俺を認めて古泉が吐息をつく。
こいずみ、と口にして、その声の高さにああやはり自分の身体はまだ元に戻ってないのだと気づいた。
望めば、と長門は言った。恐らく彼女の言うことは正しい。だが、俺がそう望んでも俺は元に戻れないでいた。どこか間違っているんだろうか。
「暇だったから寝てただけだ。大袈裟だな」
億劫そうに起きあがると、そうですか、と安堵の息をついた古泉が手を貸してくれる。その手が、また優しい。
苛々するほどに。
だから、
「…抱かないのか?」
問いかけた。
その言葉に、古泉が固まる。何を今更と思ったね。いつものお前なら俺を起こさないでそのまま事に及ぶだろうに。
「あなた今女性なんですよ?」
わかっていますか、って古泉、お前の方がどうかしてるんじゃないか。
「もともと同性に欲情するタイプじゃないだろお前。丁度いいんじゃないか?」
今でこそ普通に俺は古泉の部屋に泊まっているが、最初お前が俺を無理矢理泊めたときは欲求不満になりやすい環境だからとかを理由に言わなかったか。だったら今の方がいいだろう。
起きあがって着ていた古泉の制服を脱ぐ。ああそのまま寝てたから皺になったなとそれを視界の端に認めて思った。
そのまま古泉の首に腕を回して抱きつくと、古泉が息を呑んだ。
「…あな、た…寝惚けてます?」
戸惑った声が耳元で聞こえる。理性的で王子様的なあの声とは少し違うのを嬉しいと思った。もっと上擦った、切羽詰まった声が聞きたい。そう思うのはやっぱり寝惚けてるからなんだろうか。答えはわからず、さあなと返すに留めた。
ただ。
「お前が」
「…はい」
「お前が俺を女扱いするのが激しく気色悪い」
吐き捨てると、古泉が息を詰めた。
古泉は自覚がないのかもしれないが、朝からずっとこいつは常ではあり得ないような優しくソフトな態度で俺に接していた。
女性に対する紳士的態度としては一級品だと思う。ただそれは、どこか見えない薄っぺらい壁を一枚隔てたようなもので。
朝からずっと古泉は俺にそういう態度を取っていた。

『あなたが、望めば』

長門の声を思い出す。
俺に作用した情報生命体は人の思考をトレースするとか言っていた。
俺は古泉に同性としてはあるまじき感情を抱いている。誰にも言えない、この感情を。逃げ場を知らないそれを、どうにかする術を知らなくて、いっそ自分が女だったらよかったのにとどこかトチ狂った思考で思ったこともあったのかもしれない。というか、表層に上らない深い深い意識のどこかでそう思っていたのかもな。情報生命体とやらは俺のその思考をトレースしたのかもしれない。
だからこうなったのだとして。
そんな、自分自身すら意識できていないような深い深い底に凝った感情を、どう覆せって言うんだ。
方法なんてわからない。

だけど。
俺は古泉にこんな、真綿に包んだ壊れ物扱いを受けたかったわけじゃない。それだけははっきり言える。

「そんな嘘くさい笑顔、もうしないんじゃなかったか」
腕を解いて、いつもより高い位置にある琥珀の眸を見上げる。薄い色素の中に映り込む自分の姿は女のままだ。
古泉が困ったように眸を瞬かせて。溜息を吐いた後、俺の肩口に額を押しつけた。無意識、ですよ、と小さく呟くその吐息が擽ったい。

「僕は多分…あなたに甘えているんです」

肩口で、古泉が呟いた。
「士官学校の時から、貴方は僕の傍にいて。貴方は優しいから。僕の卑怯な弱音も全部、受け入れてくれるんじゃないかと、甘えて」
琥珀の髪が、目の前でさらりと揺れる。いつ見ても長ったらしい髪だ。
だけど、とその頭が紡ぐ。
「わかっているんです。理解しているつもりなんです。でも、今の貴方はどうしても彼と別人に見えてしまって…中身は同じだとわかっているのに…変ですね」
どうしても構えてしまいました、と白状するように。古泉は言った。
女の方が都合が良いんじゃないか、と問うとくすくすと笑う声が聞こえてくる。
「あなたが女性だったら、士官学校時代からの面識がまずなくなりますね。それから毎晩ここに来て頂くのも難しくなります」
「毎晩なんて来てない」
「これからいかがですか」
そう言いながら顔を上げた時には古泉はまた笑顔だった。お前笑えない冗談言うのはやめろよ、色んな意味で仕事に支障が出るだろうが。断固拒否するね、と目の前の男を睨みつけたが身長差から上目遣いにしか出来なかった。くそ、忌々しい。
その視線をかわした古泉は脇に放られたままだった制服を取って俺の肩にかける。相変わらず女扱いが抜けないんだな。

「ええ。ですから」
「なんだ」
「…早く、戻って下さい」

疲れるんですよ、こう愛想良くしているのは、と艦の女性の耳に入れてしまっては信用が失墜しかねない爆弾発言を口にしやがった。
ああでも。笑わないで、泣きそうな情けない顔でそう古泉が言うから。

戻りたいと、その時強く思って。
長い夢から覚めるような感覚を覚えた。



「長門に聞いたのか?」
洗濯に出していた制服を着ながら問う。昨夜着れなくしてしまった自分の制服だが、古泉はきちんと洗濯に出していたらしい。袖を通すと布は余ることなくすっかり元に戻った自分の体型にぴったりと合った。
「ええ、長門さんに相談して…これが本人の意識に沿った情報の改変だとも。ですが…その、解決方法は教えて頂けなかったんです」
本人以外に直せるものではないから直接本人に伝えると長門は言って、俺に直接連絡をしてきたらしい。まあ、確かに。長門が言うことに間違いはなかった。
俺は多分女になることで古泉に必要とされたかった。だけどそれを本人が否定した。元のままでいいとそう言った。
その瞬間に、きっと最初の情報構成を凌駕するほどの情報構成が成されたんだろう。長門風に言うならば。
そして、望めば元に戻れた、というわけだ。
「僕は」
「ん?」
「長門さんに原因を聞いて、あなたが、今までのことをなかったことにしたいくらい嫌だったんだなと思ったんですよ」
昨日付けた痕、全部綺麗サッパリ消えていたんですよ、と古泉が自分の首を人差し指で差して言う。なんの痕かは問うまでもないが、お前そんなものいちいち覚えているのかと呆れた。
「だけど、あなたが戻ったとき、痕も綺麗に残っていて」
確認したのかという問いは愚問だった。ええと爽やかスマイルで古泉が答えたからだ。
だから、と古泉が一歩近づく。手が届く範囲だ、そう思うのと古泉の腕が伸びるのは同時だった。
「今日も、泊まっていきませんか?」
耳元で、声が囁く。
耳朶に触れる吐息に身体が奥底からざわついた。女は感情豊かだと聞いたことはあるが、男は欲望に忠実だとも聞いたことがある。男に戻った途端、自制のきかない感情ではなく欲望に支配されるのかと思うと、溜息が零れた。どっちにしろ、俺は古泉に拘束されるしかないのか。忌々しい、とせめてもの抵抗に古泉の腕を外す努力にかかる。
「仕事、あるんだよ」
「いいじゃないですか、明日もお休みにしましたよ」
「は!? 何勝手な────」
「明日までに貴方が元に戻れる保障がありませんでしたから」
「…あ、のな…!」
悪巫山戯をするように耳元の声は小さく笑っている。
冗談なのか本気なのかわからない。だけど。

楽しそうに笑う声を聞きながら、そんな風に笑って悪巫山戯のように触れる古泉に少し安堵を覚えた。
甘えている、と言ったその声を思い出して。

「ってお前服着たままはやめろってあれほど…、…お、い…っ!」
古泉の腕は相変わらず俺を拘束して離そうとしない。
折角綺麗に着た服が乱されていくのを忌々しく思いながら、ああクリーニング代はこいつに請求してやろうと、そう俺は固く心に誓った。

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