カミサマの夢見る四日間 ( 3 )
「ちょっとキョン! あんたなんで昨日来なかったのよ!!」
二日目朝。
いつものように1年5組の教室の戸を開けた俺に、その戸がまだ開ききっていない
そばからそんな声が浴びせられた。「は?」と声の発生源に顔を向ければ、窓際最後尾つまりは俺の席の後ろに座った
涼宮ハルヒが、そのでっかい目をつり上げて俺を睨み付けていた。
「来なかったって…どこに」
「部室に決まってるでしょう!? 団長が自ら活動に従事しているというのにヒラ団員のあんたがそれでいいと思っているの!? あるまじきことだわ!」
涼宮は座っていた椅子を蹴り飛ばすような勢いで立ち上がったかと思うと、俺の目の前まで足音荒く近づきビシ
ッと音まで出そうな勢いで俺に人差し指を突きつけた。人を指さしちゃいけませんってこいつは習わなかったのか。
それは兎も角、部室…はて、どこの部室だろうか。部室というからには部活動をしているということなのだろうが───いや、俺のことを団員と呼んだのだし、○○団体なんて名前なのかもしれない。つまりは団活動だろうか───その活動にもさっぱり心当たりがない。俺はどこの部活にも団体にも所属していなかったはずだ。
疑問は次々に沸き上がったが、それをそのまま涼宮に聞くのは気が引けた。怒れる神も真っ青な激昂っぷりを見せているこいつに今そんなことをきくのは得策ではない、確実に。
昨日は用事があって、といった類のことを適当に言うと、涼宮はえ?と目を見開いた。おお嘘だとばれたか? 更に怒り狂うのか? 思わずに身構えた俺の心配を余所に、彼女はさっきまで弾丸でも飛ばしそうな勢いだった口を閉ざし、その唇を尖らせた。
「…そうならそうって先に言いなさいよ。休む前にちゃんと連絡しなさい」
返ってきたのは意外なことに罵倒の言葉でも、理不尽な要求を突きつけるようなものでもなく、至極真っ当なものだった。
怒りが削がれたのか、くるりと踵を返して自分の席に戻ろうとする。だがその直前で思い出したように彼女は振り返って再び俺に指を突きつけた。
「次、無断で休んだら罰金よ!」
涼宮のその話と、国木田、谷口その他クラスメイトからそれとなく聞いた話を総合すると、俺はどうやらSOS団という団体に所属しているらしいということがわかった。勿論立ち上げたのは団長涼宮ハルヒだ。
SOSというのは救難信号でもなんでもなく世界を ( S ) 大いに盛り上げるための ( O ) 涼宮ハルヒの ( S ) 団の略らしい。
なんだそれ。頭痛くなってきたぞ。活動内容が全く読めないどころかそこはかとなく不安を感じる。
「だーかーら、関わるなって言っただろ?」
そう言ったのは谷口だったか。
谷口は涼宮と同じ中学が出身で、谷口曰くあいつは中学の頃から今に至るまで外見の可愛さとは裏腹の奇人変人っぷりを披露してきたらしい。それは高校に入っても変わらなかった、というのにその奇人変人涼宮に何を思ったのか俺は関わりを持ってしまった。
しかも誰かの仲介があったわけでもなく自らだ。それを機に俺は涼宮の作ったSOS団というものに巻き込まれるような形で入団したという。いや設立からいるのだから入団とは言わないのかもしれない。
兎も角、聞く限り涼宮は中学の頃から病弱で入退院をくり返していた、なんてプロフィールはこれっぽっちも出てこなかった。
「キョン、昨日は宇宙人に無理矢理遭遇させられて記憶でも弄られたじゃないかと本気で心配したぜ。お前変だったからな」
「………ああ、昨日、な」
今度は何があったのかよくわからんが、記憶が不確かになるようなことはやめておけ、だったか。
谷口は世間話のついでとでも言うように軽く言ってみせたが、それぐらいのことをやってのけそうなほどの奇人変人らしいのだ、涼宮は。
俺から言わせればお前たちの方が記憶の改竄を受けているんじゃないかと思うがな。
そう思わずにはいられないほど───悪い夢を見ているんじゃないかと未だに疑ってしまうほど、今俺がいる場所は元居た場所と似通っていた。いや、同じと言うべきか。
相変わらずクラスメイトで仲の良い友人の部類に入る谷口と国木田。
学校まで続くハイキングコースの坂道。
勝手に部屋に入る妹、パートに出ている母親。
どこまでも俺が元居た場所と同じだ。
ただ、違うのは。
涼宮ハルヒ。
そう、彼女に関する事象だけ、異質なもののように俺の記憶と異なっていた。
見舞いに行ったことも、入院しているという事実も。
所属したことのないSOS団なんていう存在も。
全部涼宮絡みだ。
そのことに、俺はその時漸く気がついた。
その日も授業の内容はさっぱり覚えていない。常日頃から真面目に授業を聞いている部類ではないが、それでもところどころ教師に当てられるだろうと思っていたあたりは授業内容を聞いていたはずだ。だがその内容はと聞かれるとほとんど記憶に残っちゃ居ないんだから、俺の頭の記憶保管部分がよっぽど弱いのか、学業に関してよっぽどの拒絶反応が出ているのかのどちらかなんだろう。兎も角、その日も一日の授業を右から左に受け流すように聞き、時に睡魔に襲われうつらうつらしながらも終業の時刻となった。
帰りのホームルーム終了を告げるチャイムが鳴るやいなや、今日は絶対来なさいよ、と後ろの席から涼宮が釘を刺すように言ってきた。部室に、だろう。今日も本当は用事があって、だとか誤魔化して俺は昨日の人捜しを続行しようと思っていたのだが、それを見透かされたかのようだった。まぁいいさ。人捜しの方は実は昨日の時点でほぼ学校中を捜し終えており、これ以上無駄な努力をする気になれなかったというのもある。次また会える機会があるというのなら、それを待とう。
よって俺は素直にその言葉に従いホームルーム終了後、特に寄り道をするでもなく旧館、通称部室棟の二階まで足を運んだのだった。
部室がどこなのか当然最初はわからなかったが、そこは人に聞いて確かめた。
SOS団設立の際部室棟にあきがなく、部室を諦めるしかなかった我が団長様は、何を思ったのか部員一名の文芸部室に目をつけたらしい。去年三年生が引退した後、新入生が入学しなければ廃部決定だったその部に一名の新入部員が入った。普通なら、じゃあ廃部してないんだから結局部室はなかった、で話が終わるのだが涼宮に関してはそうはいかない。
彼女は、部員が一名なのをいいことに気弱でおとなしい文芸部員を無理矢理SOS団に引き込み、あろうことか唯一の部員の存在を無視して文芸部室を占拠してしまったのだと言う。
と、まぁここまでがクラスのやつらから聞いた話だ。どこまでが真実かはわからん。
だがまぁ文芸部室がSOS団部室というのは間違いではないらしく、そこを目指して俺は歩いた。文芸部室がどこかってくらいはすれ違う誰かに聞けばすぐにわかったため、階段をあがってすぐのところで目的の部屋を見つけて俺は立ち止まった。本来文芸部室と書かれたプレートは手書きのSOS団という紙切れで上書きされており、部室占拠という事実を生々しく物語っているように感じた。
旧館だけあって多少古びた木の扉、そのノブを回しドアを開けると、少し軋んだ音がした。旧館独特の埃っぽい空気が鼻につくなんてことはない。まあ使っている人間がいるんだから当たり前だろう。
中を見遣っておやと俺は目を見開いた。先客がいる。二人も。
一人は部屋の端の椅子に腰掛けパラリと小さな紙の音を立てながら読書に勤しんでおり、彼女が件の哀れな文芸部員であろうことはすぐに察しがついた。彼女は本から目を上げようとはしない。もう一人は手前の長机とセットのパイプ椅子に座っており、俺に気付いて顔を上げた。
と、俺はその顔を見て間抜けにも固まってしまった。
そこに座っていらっしゃったのは天使とみまごうかという可愛らしいお嬢さんだったからだ。羽衣をなくしてしまい困ったことに天上に帰れなくなってしまった天女の英国版ですと言われても頷いてしまいそうな可憐さだった。お困りならその羽衣、自分が探しだしてみせましょうだなんて言いたくなる。
そんな俺の果てしない妄想はともかく、彼女は俺を見てその大きな目を更に見開いて「え? あれ? なんでぇ?」と舌足らずな声であたふたと困ったような声を上げた。
困った天使が縋るように目線を向けたのは奥に座る文芸部員だ。本を読んでいたはずの文芸部員はいつの間にか顔を上げていて、眼鏡に縁取られた瞳でじっと天使を眺めた。二秒くらいして、小さな声で「彼女が望んだこと。だから」と文芸部員は言った。珍しい口調の女子だ。短すぎるよく分からない説明に、それでも天使はなぜか納得したようで、何度か頷いたあと改めて俺を見てぺこりと頭を下げた。
「えぇと、朝比奈みくるです。初めまして」
「あ、はい、えっと初めまして」
自己紹介をされるとはなんだか予想外だったなと思いつつ自分の名を告げる。奥の文芸部員にも目を向けると、彼女は小さく「長門有希」と答えた。よろしくと言った頃には彼女は手に持ったハードカバーへと目を戻していたのだけれど、なぜか無視されたというよりそれが当たり前の彼女の反応なんだとわかった。
特にすることもなかった俺は天使、もとい朝比奈さんの前に座って適当に話をすることに決めた。現状把握はしておきたいし、何よりこの可愛らしい方とお話しがしたかったわけである。我ながら正直だな、自分。
さて、いくつか話した中で俺が一番耳を疑ったのは、彼女が二年生という事実だった。
二年生、つまりは上級生。
はっきり言って、彼女は北高セーラーを着ていなければ中学生と言われても納得しそうな幼げな印象の顔だった。想像がつかない。てっきり同学年なんだとばかり思っていた。じゃあ俺は朝比奈先輩って呼ばないといけないんでしょうかね、などと口にしていたところで、俺が先刻入ってきた扉が勢いよくぶちあけられた。軋むほどの古い木造扉には随分ご無体な扱いだ。
なんだと目を向けた先に、ホームルームが終わるや教室を飛び出していった涼宮ハルヒがいた。
その目がキラッキラに輝いている。なんだかものすごく嫌な感じだ、それ。
「おっ待たせ!」
意気揚々と入ってきた涼宮はその勢いでもって誰かの腕を引っ張っていた。
その人物に俺が目を向けるのと、涼宮が口を開くのが重なった。
「本日1年9組にやってきた転校生! その名も」
「古泉一樹です」
コイズミイツキ。
手を引かれていたのは俺より少し背が高いくらいの男子生徒で、制服をきちんと着た笑顔がトレードマークとでもいうような柔らかい印象の男だった。
って待て。
今なんて名乗った。
コイズミイツキって…古泉、一樹? 今、そう名乗ったか…?
呆然とする俺の前で涼宮は古泉に連れてきた理由を述べ始める。どうやら団員として強制的に入団すべく連れてきたようだが俺はそんな涼宮の言葉も脳を素通りしていた。
古泉が部室を一通り見回して、こちらを向く。
額にかかる前髪は動作に合わせて流れるほどさらりとして細く、しかも無駄に長い。邪魔じゃないのかそれ。
細められた目はにこにこと笑っていて人当たりの良さそうな印象。
そいつが俺を見て、にっこり笑った。
手を差し出して握手を求めながら。
「初めまして、古泉一樹です。よろしくお願いします」