※ はじめに
某動画サイトにて投稿されていた「約270秒でわかる涼宮ハルヒの憂鬱」という動画がありまして。その動画に感動して、そちらの設定 ( 原作とは違う設定になります ) を拝借して書かせて頂いたものです。動画作成者様とは一切関係ありません。
この点を踏まえた上でお読み頂ければと思います。それではどうぞ↓
「谷口?」
さっきまで隣に居たクラスメイトの姿が見えないことに気がついて俺は目を見開いた。
嘘だろおい、こんなところではぐれるだなんて。間抜けにもほどがある。
平日夕刻近い市内総合病院の一階受付前で、俺は脱力したように一人ため息を吐いた。
受付と案内された窓口には何人かの客がいるが、ごった返すほどの人はいない。一通り周りを見回して確認したが、そこに見慣れた北高ブレザーの姿は見えなかった。
なんでこんな人のいないところではぐれるかね、谷口よ。
ところで、俺は自分がはぐれたのだという考えには至らなかった。だってそうだろう、前を歩いていたのは俺だ。はぐれたとしたら谷口の方だ。どこかで可愛い女の子でも見つけてナンパをしてるんじゃないだろうか。前科があるからにはその可能性は否定できない。
わざわざ見舞いに付き合ってやった心優しきクラスメイトをほったらかして本当にナンパに勤しんでいるというのなら、現場を押さえた瞬間拳を一つお見舞いしてやろうと固く心に誓う。
俺と谷口は学校が引けたあと、市内にある総合病院にクラスメイトを見舞いに来ていた。見舞いは俺が行きたいと言い出したことではない。谷口がそのクラスメイトと中学時代の同級生だという理由から担任より強制見舞いの命令が下り、俺はそれに付き合ったにすぎない。なんでって、断る理由も他に用事も無かったからだ。別にそのクラスメイトが特別嫌いだったわけでもない。─────というより、俺はそいつのことをほとんど覚えちゃいない。
彼女は昔から病弱で、中学から学校を休みがちだったのだという。それでももともと成績はよく高校にも合格したのだが、入学早々に体調を崩し今はこの総合病院にて入退院を繰り返している。故に学校に来たことなどほとんど無い。
俺は、顔どころか名前だって覚えていなかった。
谷口に話を振られて、名前を聞いて、思い出せたのは声だけ。
そう、入学早々の自己紹介、彼女は俺の後ろの席で。病弱とは思えぬ快活な声で言ったのだ。
「東中出身、涼宮ハルヒ」
おいおい俺はまた病室からここまでの道のりを谷口を捜して往復してこなきゃならないのか? やっと帰ろうとした矢先だってのに。暫し唸るように考えたが結論はすぐさま出た。
────それは面倒だ。谷口に薄情呼ばわりされようがそれは面倒だ。仕方がない、どうせ帰るときには出口を通るんだ、俺もそこにいればすれ違わずにすむだろう。
一分とかからず全会一致で可決された脳内会議での答えに素直に従い俺は出口へと足を向けた。そこで気がつく。丁度、自動ドアに吸い込まれるようにして消えた、見慣れたブレザーの後ろ姿に。
毎日毎日見飽きるほどに目に入れている紺色ブレザー、見間違えようもなく北高のものだ。
谷口いつの間に…!
そうは思ったがブレザーの後ろ姿は声をかける間もなく行ってしまった。勝手にはぐれたのは向こうだろうに今度は勝手に俺を置いていきやがった。どういう神経をしているんだあいつは。これは一言文句を言ってやらねば気がすまん。それも明日までは待てそうにない。今すぐにだ。
慌てて自動ドアへと小走りに近づくと、閉じかけていたドアがのろい動作で開き始める。そのドアを押しのけるように外に飛び出た。外は思っていた以上に暗く、雨が降りそうなのかと一瞬目を疑った。さっきまで晴れていた気はするが。夕立でも来るのかなどと思いつつ、視界にまだ残るそのブレザーを追いかけた。相手にはすぐ追いついた。あっちはゆっくり歩いていてこっちは走ってたんだからな。
「おい待てこら!」
ブレザーの腕を掴んでこちらを振り向かせた。驚いたように相手が振り向く。その時────俺は自分が結構短慮な人間だったんだということに気がついた。
振り向いた相手が目を瞠る。薄い、琥珀色の眸。
知らない、相手だった。
それがわかった途端、頭の中を台風が一過したかのような混乱という名の暴風雨が吹き荒れる。
俺は谷口を捜していた。そうして見つけた北高ブレザーの後ろ姿を追いかけたのだ。相手が着ているそれは確かに北高のブレザーではあった。間違えてはいない。だが、谷口ではなかった。というか谷口なんかと比べては大変失礼なのではというような女受けのしそうな美形で、背の高い男だった。北高ブレザー=谷口という公式の成り立っていた1分前の自分にヤキを入れたい。恥ずかしい。
「す、すまん。人違いだった」
慌てて腕を掴んだままだった手を離す。
すまん、と言ってしまってから面識のない相手だというのに随分馴れ馴れしい物言いをしてしまったと思った。高校に入ったばかりで全ての同級生を認識しているわけではないが、相手は年上だろうと思われた。単純計算しても三分の二は年上なわけだし、そいつは俺と違って北高の紺色ブレザーを綺麗に着こなしていたからだ。
しかもこの美形だ。何か青春学園ドラマを撮影中のアイドルを呼び止めてしまったような気分だった。
相手は驚いた顔のまま固まっている。そう穴が開くほど見つめないでくれないだろうか。こっちは人違いをした上、見知らぬ方に随分な暴言を吐いてしまって恥ずかしくてたまらないというのに。俺は痛い視線をかわすように曖昧な笑いを浮かべてくるりと踵を返しかけた。谷口を捜さねばならん。
ところが足を踏み出しかけたところで今度は俺が腕を捕まれよろめいた。何かと思えばハンサム男が俺の腕を捕まえている。なんだ、慰謝料を請求するなんて言われても一介の高校生の所持金なんぞたかがしれてるぞ。考え直せ。
俺がそんな独白を心の中だけで繰り広げている間もハンサム男は見開いた眸を驚きという一色に染めたまま俺を見つめ、やがてぽつりと声をこぼした。
「あなたは…なぜここにいるのですか」
そのハンサム男はコイズミイツキと名乗った。古い泉に一の樹木のジュ、で古泉
一樹だそうだ。漢字まで説明されてもメモを取るつもりは無いのだが。
そして名前を名乗ったということはやはり初対面なのだ。初対面にして暴言を吐
いた俺も俺だが、相手も少しばかりおかしいところがある。初対面の相手にいき
なり「なぜここにいるのですか」ってそんなことを問う奴がいるか? いるなら
今すぐ俺の目の前に誰か連れてきてくれ。あ、いやいい。そんなことをしたら事態がもっとややこしくなる。
兎も角だ、古泉は俺がその電波っぷりに少し引いてしまい再度踵を返そうとした
ところで「ああ待って下さい説明させて下さい」と慌てたように腕を掴む手に力
を込めた。なんだこの優男の外見と釣り合わん握力は。離せと言いたいところだ
ったが、古泉が周りを見るように促し、俺はそこでようやく周りの様子に気が付
いた。
空が、建物が、木が、全てが。
光も闇もない灰色に染め上げられ、先刻まで溢れていたはずの人という人が全て
消えている。気配すら感じられない。
ただあるのは寂しいくらいに身に染みる静謐。
背筋を、ぞっと悪寒が滑り落ちた。
「こんなところになぜあなたはいるのですか」
背後でもう一度、古泉がそう言った。
なんだこりゃーと誰もいないことをいいことに俺は大音声で叫んだ。
勿論平常じゃただの変態扱いだろうが今はそんなことを咎める人間自体いない。
古泉が咎めれば話は別だが、古泉は何も言わなかった。それどころかこんなとこ
ろとか言ったからな。知っているのだ、この異様な空間のことを。聞くと古泉は
少し目を瞠ったが、その後できちんとした説明を始めた。内容だけはその紳士的
な仕草と顔からはかけ離れた電波話だったが。
古泉が言うにはここは閉鎖空間という場所なのだという。ちょっと待て、どこだ
それ。俺は日本にいたはずだが。そしてそんな地名など聞いたことがないぞ。
「ええ、これは地名ではありませんよ」
俺の疑問たっぷりの顔ににこりと首を傾げて古泉は言う。男がそんな仕草をして
も可愛くはないがハンサム男がやると違和感がないのが不思議だ。
「閉鎖空間とはこの空間のことを表します」
「この灰色で…誰もいない空間をか?」
「ええ。ですが正確にはこの『世界』そのものを指します」
「………………………は?」
わからん。このけったいな場所のことを言っているのではなかったのか? そも
そも俺はそれをこいつに聞いたはずだ。また叫びたくなってきた。
こちらへ、と古泉が手招きをする。俺達はさっきまで俺が居た総合病院の屋上に
来ていた。
屋上へは普通なら鍵がかかってるんじゃないかと思うのだが、そんなものなど最
初からなかったかのように、扉はすんなり開いた。
安全のために設けられた柵に寄りかかって古泉が空を見上げるのにならい、俺も
空を見た。屋上から見渡す空もやはり色がない。灰に染まった空。
灰空を映していた眸が隣の俺に合わされる。続きですが、と古泉は口を開いた。
「質問は全て、話し終わった後で聞きましょう。ですからまず説明をさせてくだ
さい」
そう言って、古泉は長い電波話を始めた。
この『世界』には四日という時間しかないのだという。
カミサマに作られたこの『世界』は四日目、最後の時間を迎えると、全ての機能
を停止し、『世界』は灰色に染め上げられ壊れていく。そして、またはじめの一
日へと時間は溯行し、四日間が始まる。
その、繰り返し。
喜べ古泉とやら。俺は全く事態が飲み込めん。よって質問攻めにしてやろう。
「なぜ今人がいない?」
「もう『世界』が機能を停止しています。本来なら僕以外はここには踏み込めな
いはずなんですが……なぜかあなたがここにいますね」
「では俺はなぜここにいる? しかも俺は四日以上生きている自信はあるぞ」
「勿論、通常はこの空間に誰かが踏み込むことはあり得ません。カミサマの作っ
た『世界』でカミサマの作った存在であれば。あなたはそれに当てはまらない存
在と言うことになりますね。だから四日目に存在している。………どうもあなた
はイレギュラー因子のようだ」
「イレギュラー因子…?」
「この『世界』の外の存在ということですよ。この四日間だけの『世界』ではな
い別の世界に生きている方でしょうね」
いかん、やっぱりわけがわからん。俺の少ない脳内エネルギーをフル稼働しても
この事態を理解するのは難しい。
頭を抱えて唸る俺を見かねたように古泉は説明よりも実感して頂いた方が早いで
しょうね、と笑った。飲み込みの悪い奴で申し訳ないがそういうことだ。俺は目
で見たものしか信用ができん。
古泉が苦笑して、手を空にかざす。灰の空に。
「時間です」
何が、と問うより先に空に目線を向けた俺の目の前でそれは起こった。
「…な?」
空が、はがれ落ちてくる。
ひび割れて、亀裂が走る。
「『世界』が生まれ変わります。一日目に戻るために」
古泉の声が聞こえる。振り向こうとしたが、足下が崩れ落ちる方が早かった。
「あなたとはまたお会いするでしょう。続きは、その時にお話ししますよ」
姿を持たぬ声だけが辛うじて聞こえる。
待て、何がなんだかわけがわからんままだぞ俺は!
俺の叫びは古泉に届いただろうか。
それすら確認することもできず、身体は闇に落ち、視界は暗転していった。
──────『世界』の崩壊と共に。