今日は特別な日ではない。
こんな気持ちを自覚した日だとか、告白された(した)日だとか、初めてキスした日とか、他、
そういう乙女的な記念日でもなく、ましてや互いの誕生日とかですらない。(というか、乙女であってたまるものか!)
強いて言うなれば、卒論やら卒研やらだらだら行っていた就職活動とかそんなことが重なって
ここ最近全くもってご無沙汰だった相手と食事に来ている……そんな日だ。
ちなみに相手は誰もが羨む麗しの美女ではない。美形であることは認めるが、男である。
高校・そして大学時代と珍事件怪事件を乗り越えてきた腐れ縁だ。
詳細は割愛させて頂くが、全てのごたごたにケリがついたのは約1年と半年ほど前だと伝えておこう。
こいつと会うときは、最終的にはどちらかの住むアパートの一室に辿りつく事になる。
それは分かっているのだが、わざわざ外で待ち合わせをしてちょっとだけ良い服を着てちょっとだけ良い物を
食べにきているのは、めでたくも互いの大学卒業が確定したことと、就職先が決定したささやかなお祝いだという。
まぁ、こいつは就職先には困らなくて済んだようだが、その話をすると苦笑いで誤魔化されるので
それ以上は突っ込まないでいるけどな。わざわざ藪をつついて蛇を出すこともあるまい。
今いる店の雰囲気もホテルの中にあるにしては家庭的で、料理も美味かった。
堅っ苦しいのはごめんだと譲らない俺の我儘を聞きつつ、程よい店を探し出してくるのはいつものことなのではあるが
ここまでくると神がかりだと俺は思っている。相変わらずなそつのなさが腹立たしい。
だが、それに反して嬉しいとか思い始めている俺もとうとう終わりに近づいているのかね?
Present for...
………さて、随分と前置きが長くなってしまったが、再度強調しておく。今日は決して特別な日ではない。
祝い事があるときは特別だというつっこみはあえて叩き落とす。
ともかく俺にとっては、久しぶりに会うということで………多少なり浮かれていたとはいえ、あくまで気分は普通だった。
他愛も無い話をしつつ料理に舌鼓を打って、そんな穏やかな満足感が俺を充たしているときだった。
それを一変させたのは、他でもない古泉であって……、くそ、穏やかな時間を返せ!
高校時代からのあれやこれで大抵のことには対応できるようになってしまった俺ではあるが、
だが、これはちょっと予想外すぎて……きっかり10秒は固まったな。
脳内がこの状況を長々と整理し始めるくらいには動揺したらしい。お許し願いたい。
もうひとつ、ため息をつくのも見逃して欲しい。
大丈夫ですか?と声をかけてくる奴と向き合って、手の中にあった物をテーブルに置きなおした。
おい、これは何だ。
あ、いや、言わなくていい。見れば物は分かる。
「見ての通り、指輪です。」
言わなくていいと言っただろうが!!
さも当たり前だといわんばかりに平然と笑うそのツラを貸せ、遠慮するな。
固まっていたかと思えば握りこぶしを作っている俺に古泉は「雰囲気台無しですねぇ。あなたらしいですけど。」と
朗らかに笑った。 俺に何を期待してる。
雰囲気台無しという割には嬉しそうにしてるのは何でなのかも問いただしたいが、とりあえず、説明をしろ。
「就職祝い……ではありませんが、あなたにお渡ししたい物があるのです。」といって差し出してきたこの指輪について。
「いまどき、結婚を誓う前の方々も相手がいれば大抵の方が指輪をしていますから、
あなたが指輪をしていても不思議や違和感はないでしょう?」
そりゃそうだろうけどな、一般的に。ちらりと見えたカップルの指にそれぞれはまっていることは珍しくもない光景だ。
指輪をしていることに対しての違和感はないだろうよ、俺がしていることに不思議に思うやつはいるかもしれないが。
つまるところ、お前はこれを付けて欲しいということか。
そんなことはこれを渡してきたという時点で分かってる。俺が聞きたいのはそうじゃない。
何故、今、このタイミングでこういう物を渡してくるのかが聞きたいんだ。
口に出すのも恥ずかしいが、お前とそういう関係になってからすでに4年は経過してるんだぞ?
ハルヒの手前、隠し続けていた曖昧な期間も含めてだが。
今更だろと暗に言っていってやると、古泉は「今だから、ですよ。」と少しトーンを抑えて呟く。
「あなたに相手がいるのだと、不特定多数の方々にそう思わせることが出来るのであればそれで十分です。」
……なんだって?
俺の疑問には答えずに、古泉は先程よりも力なく笑う。
テーブルの上に置きっぱなしにされた箱を自分の元へと引き寄せ、掌で握りながら静かにはっきりと言った。
「涼宮さんの『鍵』であるあなたはもういない。」
「けれども、決して公にできる間柄ではないのですから…せめて。」
「あなたが他ではない僕のものであるのだと、ささやかながら主調したいんです。」
言葉を失う、という状況はまさに今の事を指すのだろう。
ここが個室で助かった。相当な間抜け面をしているだろうこの状態や、大の男二人が面と向かって
真面目に何を話しているのか見られたり聞かれたりしてた時には二度とこの店には来れない。
それは少々困る。結構気に入ったんだ、この店は。
そして、この店にもう一度来るには、まずこの問題を穏便に解決しなくてはならないということか。
いいか古泉、一言言わせて貰うぞ。
「はい。」
「俺はものじゃない。」
「ええ、わかってます。……それでも贈りたかったんです。」
分かってるんだったらなんで、と続けようとした言葉は古泉の言葉によって行き場を失った。
なにせ綺麗な微笑つきの台詞ときたもんだ。なんでまたそんな顔を俺なんかに向けるかね。
何の因果か俺なんかを選んだためにその無駄にいい顔から生み出される効力は意味を成さないときている。
そういう顔は女性の前で使ってやれと毎回思いつつ、俺にしか使われない顔だとも分かっている
顔を見た瞬間の俺の気持ちを分かってもらえるだろうか?
胸と頭を襲って複雑に絡み合った気持ちと言葉を全て飲み込んで、代わりにゆっくり息を吐き出すことにした。
「……前から常々思っていたが、恥ずかしい奴だな。 ああそうだ、昔から恥ずかしいことを平気で言う奴だった。」
「ちゃんと伝えないと、あなたは信じてくれないでしょう?
ただでさえ、あなたには散々嘘と偽りを重ねてきていて信用がないのですから。」
今日はとことん正論でつついてくるな。
ああそれは認める。俺は、他人から伝え聞く言葉は信用しない。参考にはしてもな。
お前の言葉だって全部信じきってるわけじゃないぜ?
…ただ、今は全部本当だと思って聞いてやる。言いたいことがあるなら、この際全部言え。
ちゃんと聞いてる。
「それにですね、もう……隠す必要も偽る必要もなくて……。
ようやくあなたに全て伝えられるのに、出し惜しみなんかしてられませんよ。」
「………。」
「これは僕の自己満足です。あなた、束縛はお嫌いでしょう? 跡が残るのも嫌がりますし。
許容して貰えるか否かは分らなかったのですけれど。
先ほども言いましたが、それでも贈りたかったんです。……受け取って、もらえませんか?」
そう言って、古泉は静かに指輪が入った箱をテーブルの上にのせる。
再度こちらに戻ってきた箱をみて、俺は強く目を瞑った。
ああもう、こいつは…。こいつはなんでこうなんだろうか。いつもみたいに、ずばっとはっきり押し付けがましく
強引に主張してくれば、こっちだって、いつものように勢いに任せることだって出来るというのに。
なんでこういうときは選択権を俺に委ねる。選択する余地を与えるんだ。
……いや、こういうときだから…か。
ああくそ、わかってるさ。俺もちゃんと伝えなくちゃ駄目なときがあるってことくらい。
これから先の道を、俺は、もう選んだんだ。
「……お前のは?」
「え?」
「お前の分の、指輪だ。」
「えっと…いえ、用意していませんが…。」
お前のことだから密かに自分の分も用意してるかと思えば予想斜め上をいきやがって!
どこまでずれてる馬鹿なんだ、それじゃ意味がないだろうが。
まぁいいさ。イーブンに持ち込めるなら願ったりだ。やられっぱなしは性に合わないんでね。
知ってたか?俺は負けず嫌いなんだよ、意外にもな。
「…今日はもうどこも閉まってるだろうから、明日行くぞ。」
「え、あの…」
「なんだよ、明日予定でもあるってのか?」
「いえ、あなたと過ごす予定でしたので空いていますけど…けれど…。」
………あのな、自分だけが主張したいと思ってる、なんて思うなよ。
俺だって紆余曲折を経てお前を選んでるんだ。
そう思うのはお前だけじゃないんだ。…ちゃんとわかれよ、それくらい。
古泉に両手を出させて、その上に箱を置いてやった。一応、丁寧に。
「つーわけで、これは、受け取らない。 ちゃんと揃ってから、貰う。」
「……それは、喜んでいいのでしょうか……。」
「なんだ、その反応は。ここまで言ってわからないなら、俺はもう知らんぞ。」
掌に乗せられた箱と俺を見比べて、古泉は非常に複雑そうな微笑を浮かべている。
嬉しいんだけども、二度もつき返されてるという状況が何とも言えず切ないといったところか。
安心しろ。二度あることは三度あるという。……冗談だ、凹むな。落ち込むな!
三度目の正直って…言うだろ。つか、最初からいらないって言った覚えはないぞ、分かったか。
ついでだから内心で言わせてもらうが、強すぎる束縛は確かに嫌いだ。
跡が残るのは恥ずかしいからだっっつの! 比べる次元がずれてんだよ馬鹿野郎!
「あなたは…本当に、思いもしないことを言いますよね。」
「お互い様だ。」
「そうでしょうか。」
「そうだ。」
少なくとも今日の俺はお前の行動と言葉に驚きっぱなしで落ち着く間もなかったぞ。
ツッコミだって満足に出来た気がしない。おかげさまでな。
暫く黙って納得したのか、そうですねと笑って指輪の箱を鞄の中にしまう古泉を確認して立ち上がる。
さて、図らずとも明日の予定も決まったことだし、もういいだろう?
お前の部屋の方が街に近いから、お前の部屋に行ってゆっくりするとしようぜ。
久しぶりだしな…………なんだ、その面食らった顔は。 次いで浮かぶ満面の笑みに含まれる意図は何だ。
「やっぱり、あなたには敵いませんね。」
そりゃどういう意味だ。
紆余曲折の内容を全てすっとばして突然書きたくなった、ベタネタ大学生以上の古キョン(笑)
時間と苦労と悲恋フラグを山のように重ねてきても、最終的に幸せになってくれればいいなと思います。
あ。プロポーズではありません、これ(笑)