話の発端は随分と唐突で、僕はその唐突さに毎回驚かされる。
というのも、普段は僕の話など話半分で聞いている彼が、ゲームの手を止めたり、歩みを止めたり、
おや?と僕が疑問を口に出す前にこちらを見て、突然言うのだ。

「……お前さ、楽しいか?」

こんな風に。


イエスマンの理由



彼の突然さは今に始まったことではなく、実は最近頻繁に起こっている。
時と場所と内容と、その他諸々はその時々にしてバラバラで統一性がなく驚かされているのが現状だ。
3日前くらいだったか…その時の質問は確か「パンと米、どっちが好きなんだ?」…そんな感じだったと思う。
そんな幾度か繰り返されたこのやり取りに、共通点が一つだけあることに気が付いた。
質問は全て「僕」のことであるのだということに。
そして今回ももれなくその類の質問のようだった。
彼は一体、何が知りたいのだろうか?


「ええと……すみません、質問の意味が分からないのですが。」
「そのまんまだ。」


そのまんま…って。
自分でもわりと素直に疑問符を投げかけた自信があったのだが、窓辺に寄りかかって腕を組みながら
こちらを覗いてくる彼はそれだけで僕の言葉を一刀両断にした。
いや、確かにそのままの意味なのだろう。
聞かれているのは楽しいか、楽しくないか。それだけだ。
しかし今の状況を説明しておくと、僕等は放課後の学校でSOS団活動真っ最中であり、
且つ現在は我等が団長殿に"空き教室を存分に使うためにあれとこれとそれとetcを教室の外へ運ぶように"と
指示を受けた彼の手伝いを申し出て、向かった教室でそれらをどう運ぼうかと彼と話をしていたのだ。
(ちなみに、空き教室とはいえ無断はまずいだろうということで先に職員室へ向かって話はつけてある)
小物を先に運んでしまおうか、それとも机類を先に出してしまおうかどちらにします?と
彼に話しかけた答えが先程の質問だった。
色々なことに対処できるよう訓練は受けているつもりだが、彼といる時はどうにもならないときが多い。


色々と考えながらどう答えようか迷っていると、本当に質問の意味が理解できなかったのだと
彼は思ったらしい。ため息を一つついて、僕を指さした。
正確には、今僕が着ている服を…か。
今来ているのは規定のブレザーではない。制服は制服だが、今着ているのは学ランだった。
彼女はどうやら女子はセーラーで男子はブレザーである制服を変えてみたくなったらしい。
断固拒否した彼を除いて、本日のSOS団は女子がブレザー、男子が学ランを着ている…という状況だ。
その服をどこぞから調達したのかは謎だったが深くは追求しないでおいた。それが彼女だから。


「お前、そのうちあれやこれやと要求されるようになるぞ。それで、いいのか?」


そういうことか、と彼の言動に納得すると同時に即答できなかった自分に心の中で舌打ちをする。
"楽しいですよ?"と、一言返せばそれで打ち切れた会話だったはずだ。
即答出来ていれば、納得がいかずとも身を引くのが彼の常だった。即答さえ、していれば。
だが今回は見事に失敗したようで、じっと学ランを見続けたまま彼は動かない。
このままだとただ徒に時が過ぎるだけで、そうなると次に待っているのは彼女のお怒りの言葉である。
それだけは避けたいところだ。ただでさえ、今日は彼が学ランを着ることを断固拒否しているのだから。
ああ、とようやく質問の意図に気が付いたように、笑って返事をした。


「そのことでしたか。ええ、もちろん構いませんよ? このくらいお安い御用です。
 まぁ…あまり度が過ぎると困ってしまうかもしれませんけどね。」
「嫌なものは嫌って言えばいいだろうが。」
「おや。そういう訳にはいかないのだと、あなたはご存知でしょう?」
「んなことないだろうよ。あいつだって、変わってきてるんだ。」


お前もな、と付け足しのように彼は言う。自分に向けられた言葉の柔らかさに、正直酷く戸惑った。
彼は、僕に対してこんな風に言葉を紡ぐ人だっただろうか?
……そんな疑問を今は考えている場合ではない。
ともすれば溢れそうになる感情を小さく頭を振ることで振り切って、頭をフル回転させた。
そうですね。あなたのおかげで彼女は変わりつつある。
この世界全てを退屈だからという理由で躊躇いもなく捨ててしまうようなことは、今の彼女にはないだろう。
朝比奈みくるも、長門有希も、古泉一樹も、彼女の心の片隅に席を作ってもらえているのだということは伝わってくる。
ただ、それでも、彼の存在のみが彼女の鍵であることは変わらない。
同時に、僕の立ち位置も役割も変わることはない。………彼女の力が消えるまで。
さて、それをどう彼に告げようか。


「あなたは、自分の意見がただ反対されるだけのとき、どう感じますか?」
「は?」


こういうときの彼に誤魔化しは不要だということを、今までの経験から学んでいる。
とはいっても、全てを明らかにさせる必要もないので匙加減を調節しなければならないが。
解説は得意分野なので大丈夫だろうと、先程より幾分かまともに回ってきた頭で考えた。


「大抵の人間は、自分の意見や言葉を肯定されたいと願っているものです。
 誰だって、頭ごなしに「ダメだ」とか「もっと考えろ」とか否定されるのは気分がよくないでしょう?」
「時によりけりだと思うが…まぁ、面白くないだろうな。」


訝しげにしながらも、話を聞こうとする姿勢がみえることに満足する。
そうでしょう?と多少大げさに頷き返して話を続けた。


「自分のことを認めてもらえている、分かって貰えるというのは心に平穏をもたらします。
 しかし、ただただ肯定されるだけというのもつまらないものです。」
「それじゃ矛盾するだろうが。」
「そうですね。彼女は行動こそ破天荒であれど至極まっとうな常識を持ったごく普通の少女でもあります。
 当然その矛盾を無意識下で感じている。
 その矛盾をうまく解決するためにあなたの言う"イエスマン"はここにいる……というのはどうでしょうか?」


お前の言ってることがわからん、と言った顔で彼は僕を見る。
そういえば、以前彼にはお前の話は回りくどくて分かりにくいと言われたことがあった。
自分なりに分かりやすく伝えているつもりなのだが、どうも上手くないらしい。
まぁ、その辺のスキル云々については必要に応じて修正を加えていけばいいだろう。


「では……誰も使っていないプールに溜められた水面でもいいですし、コーヒーでもよいですよ。
 何も動かず波のない状態が、"安心感" であり平穏を示すと考えてください。
 誰かが無条件で肯定してくれるという安心感の中に、「否定」を投げ入れ小さな波紋を作る。
 それは平穏を壊さない程度に刺激をもたらし、心が退屈を覚えることがないということと同義です。
 つまりは、彼女が望む退屈ではない世界を日常の中で上手くコントロールしようとしていることになります。
 ああ、もちろん「否定」するのは決して悪意からの発言ではないと分かる相手でなければなりませんね。
 もっと言うなれば、「否定」の言葉を投げかけられても不快だと感じない相手であることが条件です。
 さて。現在のSOS団員の中でそれが出来る人は一人しかいませんが……お分かりですよね?」
「……それが俺だって言うのか。」
「ご名答です。彼女にとっての鍵であるあなたが否定を許されたノーマンであるのならば、
 必然的に求められる周りの人材は決まってきます。
 ノーマンと違ってイエスマンであるのは実は誰でも良いのですよ。
 以前にも申し上げましたが、僕は彼女に望まれたからという理由で、今 "ここ" にいるのです。
 望まれたのは偶然。そして望まれていなければ、こうしてあなたと会話することもなかったでしょうね。」


ダメ押しににっこりと笑いかけてやる。
ここまで言えば、言わんとしていることが伝わるだろう。
彼は決して馬鹿ではない。他人との距離を見極め、理想の形でとどめることが出来る。
無意識で行っている可能性が高いし、とある事には鈍いというのも要因だと考えられるのだが。
しかし何故だろう?
何故そんな彼が、今、こうして深くまで踏み込んでこようとしているのだろうか。
おそらく12月のあの事件が何らかの心境の変化をもたらしているというのは分かるが、
詳細は聞いていないので推測でしかない。


「……百歩譲って、今のお前がそういう立ち位置にいることを認めたとしてもだ。
 じゃあ、"お前"はどうなるんだ? 本当の "お前" は?」


ふいに耳に飛び込んできた言葉で、ようやく彼が本当に聞こうとしていることに気が付いた。
そうだ。今までの質問は全て "僕" のことであったのだ。そして今回ももれなくその類の質問だった。
役割を与えられた古泉一樹ではなく、役割を演じている(と彼が感じた)"僕" に対する質問だったのだ。
何ということだろう。
今の今まで、真意に気が付かなかった自分を罵りたい気分だ。


「……あなたのいう "お前" が、あなたの知らない時代の"僕"を示す言葉であるのならば、その答えは簡単ですよ。
 3年前の、二度と届かないであろう壁の向こうに置いてきました。全て、ね。」
「……。」
「ああでも、僕は今、SOS団という場所がとても気に入っています。
 最初の質問にお答えしておきますと、彼女等と、あなたと、こうしている時間はとても楽しいですよ?
 自分でも考えてもいなかったくらいにね。それは、本当です。」
「……………………そうかい。」


本当は、別のことを言おうとしていたに違いない。
口を開けた彼は、迷い、戸惑い、結局は言葉を飲み下して代わりに両の拳をぎゅっと握った。
そして変なこと聞いて悪かったな、さっさと準備しちまおうと言うとおもむろに机を廊下へと運び始める。
その様子を見て、微笑が浮かんだ。
それでいい。
少し喋りすぎた感は否めないが、僕等が彼に望むことはたった一つだけだ。
そのためならば、こちらは振り返らなくてもいい。それ以上は望まない。
望んだところで叶うはずもなく、また、叶ってはいけないのだ。この世界では。
明日がないかもしれないという恐怖を再度体験しなくてすむのならば、イエスマンでいることに何の苦痛がある。
彼には本当に、感謝しているのだ。
そして、イエスマンだからこそそんな彼の隣にいられる。


(それだけで、今の僕には十分な理由なんですよ。)


それで構わない。
多分、彼には一生伝えないことだと思うけれど。







時期的には消失後、雪山前で古→←キョン。
こんなどうしようもない古泉をなんとかするのがキョンの腕の見せ所です(笑)
全てを奪われた人だからこそ、分かってても捨てられない「今」があるんじゃないかと、時々思います。