Territory



古泉の部屋の第一印象は、やけに静かだなということだった。
一人暮らしなのだから、あの騒がしい俺の家と比べるのがそもそもの間違いなのだと分かっているのだが…こう。
長門も一人暮らしだったが、それとはまた違った印象を受ける。

高校生が1人で住むには広いのではないかと思われる1LDK。
一般家庭のリビングにあるであろう大きめのソファとローテーブルにテレビにVHSとDVDの再生機…。
程よい広さの…むしろ一人暮らしにしては広いんじゃないかと思うキッチンの前には食卓用と思われるテーブルと椅子。
ベランダへ続く大きな窓の傍には小さな観葉植物まで置いてあるなんて、なんだこの無駄に整った部屋模様は。
モデルルームの展示会じゃないんだぞ、と思うくらいにしっかりしているこのリビングは……そう、生活感がないんだ。
ベッドと今の時代には必要不可欠であろうパソコン一式に書棚がないということは、リビングの奥に見える
ドアの向こうが寝室…って訳か。そっちが俗に言うプライベートルームってやつかね。
案内されてもいないのに入り込むほど無神経ではないつもりなので、一瞥するにとどめる。
それにしても、この「らしい」とまで思う統一感な筈なのに、オレンジがかった照明が暖かみを覚えた風呂場と洗面所以外は冷めた印象を受けてしまった…のは、考えすぎだろうか。


――ところで、何故俺が風呂場の状況まで知っているかというと、ついさっきまで風呂を借りていたからだ。
今は入れ替わりで古泉が入っている。
タオルと傘を借りて帰るつもりだったのにどうしてそうなかったかというと、答えは非常に簡単且つ単純だ。
家主である古泉に押し切られたから……である。



++++++++



思い切り、全力疾走と言ってもいいくらいのスピードで走り続けて辿りついた玄関先で、
ふっと一息をついた……のは古泉で、俺は軽く呼吸困難に陥り、ぜいぜいと肩で息をしていた。
なんだこの体力の差は! 俺だって現役高校生として平均並の力は保持しているつもりなんだがな!
大丈夫ですか?ちょっと待っててくださいと声をかけて奥に消える古泉が憎らしい。
そうか、そうだったな、お前は全てにおいて平均並じゃないもんな! とことんプライドを刺激する奴だな古泉!
二人分の水滴で溢れびしょびしょになった玄関に鞄を下ろす。
前髪から垂れる水滴を手で拭っていたら、古泉がタオルを持って戻ってきた。
古泉自身もまだ濡れていて、これぞ水も滴るいい男ってか…溜息もつきたくなるぞ…。


「何です?あ、これで拭いて下さいね。 靴下を脱いで、足を拭いたらお風呂場まで直行でお願いします。」


タオルを受け取り、頭から拭こうとする手がぴたりと止まる。……風呂場?
動きが止まった俺には気が付かなかったみたいに俺の鞄を手にとって奥へ持っていこうとしている古泉を呼び止めた。
おい古泉、タオル借りれれば十分だ。 まぁ本音を言えば全力疾走の後だ、少し休ませて欲しいがな。
休むなら玄関先でも構わんし、そこまで世話になるつもりはないぞ。


「よくありません。そんな全身濡れ鼠状態で、風邪でも引いたらどうするんですか。
 お湯を張って構いませんので、温まってから出てきてください。
 さすがに制服は渇かないので僕の服を着て頂くことになりますが……タオルと一緒に置いておきます。」
「おい、古…」
「風邪でも引いて、明日学校を休むなんてことになったら涼宮さんが動揺するでしょう?
 それじゃ困るんですよ。……と、言う訳ですので、ご協力ください。」


風呂場へ通じるドアを開けて、さぁどうぞといつもの笑顔で促す古泉を見て、ちりりと何かが微かに掠めた。
…なんだ?  だが“何か”が何なのかは検討も付かず、掴み取る前に霧散する。
その代わり、ふいに漏れた溜息とともに浮かんだのは、純粋な呆れだった。
全く、こいつの頭は未だにハルヒ=俺しかないらしい。その不健全で的外れな思考回路は本気でどうにかした方がいいと思うが、どうにかならんのか? がしがしと、タオルで頭を拭きながらそんなことを思う。
まぁしかし、風邪でも引こうものなら席替えでまたしても俺の後ろの席になったハルヒから小言やら何やらを言われるのは目に見えているのも事実…だな。
やれやれ……ありがたいと思っておくべきか。
だがな古泉、俺だけじゃない。お前も、だ。 だから、俺が上がったらちゃんと温まれよ。


「ええ……そうですね、そうします。」



++++++++



そんなわけで。
人の家の風呂を借りていつもより少し長めに雨で冷えた身体を温まらせて貰ったというわけだ。
……借りた古泉の服に関しての感想は無い。体型の違いがありありと分かってむなしくなるだけだ。

さてと、回想も済んだところで丁度頃合だ。 あいつも、もう風呂から上がってる頃だろう。
がちゃりと、玄関の鍵を開けて中に入ると、古泉が吃驚したようにばたばたと音を立ててこちらへ来た。
おー、やっぱり上がってたか。 それにしても濡れた靴だと気持ちが悪いな。
ぐちょぐちょして歩き難かったから思いの他時間がかかった。
玄関先に置きっぱなしだった足拭きで軽くぬぐった後、リビングの方まで歩くと古泉がぽかんとしている。
ん?なんだ古泉、何か言いたそうだな。


「…で…」
「あ?」
「なんで……あなた……さっき?」


ああ。お前が風呂に入った後に、飲み物飲みたくなったから冷蔵庫を空けて良いか聞いただろう?烏龍茶か何かあるかと思ったんだが、何も入って無かったから来る時に見かけたスーパーで買い物してきた。
傘も「借りるな」って、声かけただろうが。シャワー浴びてて聞こえなかったか?
あ、テーブルの上に置きっぱなしだったから鍵も借りたな。開けっ放しは無用心だし。
つーか、お前何だあの冷蔵庫。料理してないだろ。
調味料は一通りある癖に肝心な中身が空ってどういう生活してんだ。
まさか普段からコンビニ弁当とか外食で済ませてるんじゃないだろうな?


「それはその……いえ、そうではなくてですね…」
「なんだ、まだ何かあるのか?」
「あなた…もしかして……思った以上に……なんですか……?」


ほう、言うこと事欠いてそれか。 馬鹿とはなんだ馬鹿とは、しっかり聞こえたぞ。
しかも“思った以上に”とは聞き捨てならん。聞いてやるから弁解の一つでもしてみろ。


「あなたがお風呂から出られた頃には、雨が小降りになってたことはわかっていたでしょう?
 だから外に行かれたんだと思いますしね。シャワーを浴びててもあなたの声はちゃんと聞こえましたよ。
 ですから、どうぞお持ち下さい、とお答えしました。それを勝手に持ち出したと気に病んでおられるのならば、
 後ほどメールでも何でもご連絡頂ければ良かったんです。
 スーパーなどに寄らずそのまま帰宅なされば良かったじゃないですか。」


ご両親も心配されてるでしょう?と続ける古泉の顔は理解できない、と言った風情だ。
そんなことを言ってもな。正直俺だって良く分からん。
気が付いたら家に電話して、夕飯はいらないということと遅くなるということと、炒め物を作ると言ったら簡単なアドバイスまで受けていたんだ。面倒臭いと思わなかった自分を褒めたいくらいだぞ。
自分でも良く分からんことを説明してやろうとは思わない。分かってることだけ言うぞ。


「古泉。」
「はい?」
「お前、今何時だと思う?」

唐突な部類に入る質問に、古泉はさらに首を傾げるが視線をさまよわせて、テレビの上に置かれていた小さなデジタル時計をみて素直に答える。

「19時半……ですね。」
「そうだろう。うちの家はこの時間にはもう夕飯を食しているんだ。故に俺は腹が減っている。
 つーわけで、台所を借りるぞ。白米はレトルトで我慢しろ。」

電子レンジも活用させてもらう、とパックを開けてさっさと準備を始める俺をみて、古泉が苦笑したのが分かった。諦めと、開き直りと、それからやっぱり少し困ったようなそんな笑い方だった。器用だな、お前。

「あなたのその強引なところ………涼宮さんに似てきましたね。」
「嬉しくないな。」
「………お料理出来るんですか?」
「あー…お前よりはマシだろうと踏んでいる。時々は妹の昼飯作るしな。やってみると、案外面白い。」
「……そうですか。」


気が向いたときにしかやらないけどな、という言葉は飲み込んだ。
自分の家であるというのに落ち着き無く俺の後ろに立ったままの古泉を椅子に座らせて、炒め物と味噌汁を作って並べてやり、食す。美味しいです、と呟く古泉の声は感極まった感じで大げさだなと思う反面、満更でもなかった。
ああ、なるほど。料理を作るのが好きだという人の気持ちが少しわかった気がするな。綺麗に食べてくれるというのは嬉しいものなのか。いつも当たり前のように用意されてる母親の食事もちょっと考え直そう。

………そんなこんなな時間を過ごし、片付けはやりますと言い材料費も全額出すと言って譲らなかった古泉から改めて傘を借りて、帰路に着いたのは21時近かった。時間が経つのは早いもんだ。
気をつけて下さい。また、明日部室で。玄関先でそう言って俺を送り出した古泉に軽く手を挙げることで返事をして、幾分か渇いたがまだ濡れている靴を履いて、小雨になった雨の中を一人歩き始めた。




不思議な日だった。どしゃぶりの雨に打たれて、思いもよらず古泉の家に上がりこみ、風呂を借りて、あまつさえ料理まで作って夕飯をともにした。不思議だ、と思う。
昨日までは家の場所も知らず、知ろうとも思わず、ただの友人……なのか、仲間なのか、運命共同体か…いまいちしっくりとくる言葉が浮かばないのだが、漠然とした関係で付き合っていたのだと今日初めて考えた。
意外と近くなっていた距離を嫌だ、とは思わなかった。
『古泉の家に行った。』それだけしか、昨日と違う点は無いというのに、何かが大きく動いた気がする。

また、あいつの家に行くことがあるのだろうか?
冷めた印象を覚えたあのリビングだったが、他愛もない会話をしながら食卓を囲んでいるときは特に何も感じなかった、あの部屋に。そして、閉ざされたままだったあの部屋に。
いつか、開けられるかもしれない扉の向こうを思って、知らないうちに口元が緩む。
互いの家を訪ねるような、そんな関係もいいかもしれないなと、面とは向かって言わないだろうことを
一人歩きながら思ってみた。
 





古泉の部屋は捏造です。ワンルームか1LDKで迷ってとりあえず1LDK(寝室は現在立入禁止区域設定)にしましたが、
ぶっちゃけどっちもありだよな!とか思います(笑)
どっちも色々妄想でk(強制終了) 次で終わりです。