銃の重さと意味するもの 3


僕もやりますから、と爽やかに宣言されて始まった逃げ道のない特訓開始から6日が経った。
本番は明日である。……何だかんだと文句を言いながら過ごした一週間だったが、早いなちくしょう。
ハルヒに念を押されているだけあって、古泉の気合の入れようも随分なもんだった。
それはもう、スパルタという言葉がぴったりなくらいにな。大きな声を出したり態度を荒げたりすることがない代わりに一言一言に迫力があるってなんだそれは。同級とは思えん。
そんな特訓のお陰か弊害か、有難くない事に古泉本人がいなくても注意される声が脳裏に響くようになってしまった。


「的から目を離さないで下さい。」
「腕は真っ直ぐ。」
「足にしっかり体重を乗せてください。転びますよ。」
「片手ではまだ反動に負けてしまうようですね。空いてる手は添えてください。」
「耐えられるようになったら、もう片方はぶれないように支えとして使うといいですよ。」
「肩に力が入りすぎです。」
「姿勢は正しく。」
「顎を引いて、……タイミングがずれてます。」
「銃はしっかり握ってください。危ないですから。」     etc.


………あまりの事態に悶絶しそうだ。
和やかな甘い朝比奈さんの声ならば幸せというものだが、野郎の声など不本意以外の何者でもない。
全くもって忌々しい。何が悲しくて銃を構えると古泉の声が聞こえるようにならねばならんのだ。
そもそも本来この場面では古泉より教官の声が思い出されて然るべきだというのに脳裏に掠めもしないってのは由々しき事態のような気がするぞ。
真剣な態度とは裏腹に表情は笑顔全開のまま変化が無いので、実はこいつ鬼畜なんじゃないかと疑ったりもした。
いつも柔和に胡散臭い笑みを浮かべてるような奴の意外な一面を見たと言えなくもないが嬉しくもないな。

しかし、最終日に限って遅れるとはどういうことだ。また上層部から呼び出しでもあったのか?
『涼宮さんの』と言えばある程度融通がきくようになりました、と笑えないことを聞いたのは先日だった気がするんだが。
ま、考えていても仕方がない。必ず行くと返信はあったものの、何時来るのかわからない奴をただ待っているだけなんて時間の無駄だ。折角の弾が無駄にならないようにあと数発撃っておくとするか。 そのうち来るだろう。


「肘が曲がってますよ。」


的に向かって構えた直後、背後から手が伸びてきてぐいっと肘を伸ばされる。耳にも生暖かい息がかかる。
――おい。来てるならまずちゃんと声をかけろ。忠告もそれからでいい。引き金引いたら危ないだろうが!
俺は今ほど自分があまり物事に動じない(部類に入ると思われる)性格であることを感謝したことはないぞ。

「すみません。ですが、気が付かないあなたも悪いのですよ。急いで駆けつけてきたというのに。考え事ですか?」
「…いつからだ。」
「そうですね、射撃台に持たれかかって "悶絶" していらっしゃるように見受けられた辺りからです。」
「さっさと声かけろよ!!」
「百面相をしていらっしゃるあなたが珍しかったもので、つい。」

つい、じゃねぇ。趣味が悪い! 遅れてきたくせに誠意が感じられない。
あとで飲み物1本奢れと睨みつけると、喜んでとぬかしやがった。 罰になっとらん。
気色悪い微笑で誤魔化されて舌打ちをすると、 お巫山戯はここまでという風に横に置いておいたもう一つの銃を差し出して古泉は言った。

「もう2,3発、見せて頂けますか?」
「それは構わんが、その銃に詰めてある分はお前のだからな。最終日で何もやらせないというのは気が引ける。
どんな手を使ったかは知らんが、ハルヒたちも最終調整はしてたみたいだしな。」
「あちらには長門さんが付いてますからね。では、お言葉に甘えて後で撃たせて頂きます。」

長門さんがと微笑んだ古泉を見て、長門が何をやったのかは詳しく聞かないほうが良さそうだと判断した。
おそらく別のどっかのチームが犠牲になったに違いない。すまん。どこぞの誰かさん、運が悪いと思って諦めてくれ。
気を取り直して射撃台につく。先ほども思い出した忠告云々をリフレインした後続けて3発撃ち放った。
バァン、バァン、バァンと銃声が響き渡り、的に穴が開いた。……それ以外にも穴が開いた。
ふっと力を抜いて銃を手放す。 的の痕跡を見つめながら古泉は苦笑した。
笑うんじゃない。俺だってこれはどうだと思うことくらいある。

「失礼。やはり、実弾になると確率がぐんと下がりますね。空撃ちの際は8割がた良いところに当たるんですけど…。」
「現在4割ってトコか? ……ハルヒにどやされるな、これは。」

ここ6日間のスパルタのお陰で命中率が上がっているのは確かだった。
個人的にはやれば出来るんじゃないかと自画自賛したくなるほどの上達ぶりなのだが、本番で使用される実弾での命中率が上がらない。 そこは何度繰り返しても修正される気配はなく、最終日まできてしまったのだ。
原因は不明だが、まぁ俺の腕が悪いってことなんだろう。空撃ちと実弾じゃやっぱり違うからな。
ハルヒの激昂っぷりが目に浮かぶようでやれやれだな…。
そんなでかい溜息をついた俺の横で、古泉はじっとこちらを見ていた。
何だ。これ以上の練習は時間的にも無理だぞ。第一もう残弾が2発だ。お手上げだろう?
残りもお前にやるから、遠慮なくやってくれ。 俺は見物をさせてもらうさ…って違うのか?
言いたいことがあるならさっさと言えよ。何度も言うが、悪あがきをするにも時間が少ないんだからな。

そう急き立てて言わせた台詞はまさに寝耳に水だった。

「僕は……あなたが何故実弾での命中率が下がるのか理由が解ったような気がします。」
「………マジか?」
「おそらく、無意識下によるものなんだと思いますけど。」
「無意識?」

その通りです、と自分でも上手いところに着地したという感じで古泉は頷く。 一人で勝手に納得すんな。

「あなたは軍に標準支給されているレーザー銃を撃ったことありますか?」

そして説明が回りくどく解りづらいのもこいつの特徴だった。これくらいじゃ何とも思わなくなったがな。
――良くない傾向だ。

「考えてものを言え。こちとらお前等と違って平々凡々の学生の身の上だ。座学でレプリカは見たことはあるけど、そう簡単に撃ったことがあってたまるか。」
「そうですか。…そうですよね。実物はとても軽くて、操作も非常に簡単なんですよ。撃った反動もなければ弾を詰め替える必要もありません。殺傷能力の差もありません。…いえ、むしろレーザーの方が高いでしょう。護身用にしろ殺傷用にしろ、レーザー銃の方が全般的に性能が良いのです。誤射がないようにID認識の安全装置はありますが、そのようなものは携帯時に解除したも同然ですしね。」
「それがどうした。」
「実は、僕はその軽さが時々恐ろしくなります。」
「……恐ろしいだって?」
「ええ。僕は銃を握ること自体に抵抗はありません。それなりに思うことがあって、それを実行するには銃というのは有効なツールです。ですが、あまりの軽さに忘れてしまいそうになるのですよ。銃を撃つことで起こる事象の重みをね。技術が進歩してる今では実弾はレトロなものとなってますが、撃つという行為の重みはこちらの方が実感できる気がします。手に響く感じが……と言いましょうか。そのための練習なのだと思いましたし、この重みが有難いくらいです。
空撃ち時のあなたの命中率を鑑みて、僕とあなたの違いは 『そこ』 にあるのだろうと推測できました。」

向き合った視線が黙ったままの俺を射抜く。 なんだ? こいつは今、何を言おうとしている?

「あなたは、迷っていませんか? いいえ、迷っていらっしゃるのでしょう。」

やけに力強く断定されたのが癇に障る。だが、迷ってなんかいやしないと、何故か言えなかった。
実弾と空撃ちの的中率の差は古泉に指摘されずとも分かっていたことだ。教官にも言われたことがある。
だが、何故なのかを考えたことはなかった。成績上位者でもない普通の俺だ。
考えるまでもなく、それが当たり前だと思っていたし不都合も無かった。今までは。
迷っている? 何に? それが分かれば苦労はしない。
いや、むしろ分からないままの方が平穏無事に過ごせるのかもしれない。
分かってしまったら、おそらく、戻れないところに行くのだろう。
俺は普通がいい。余計なことを考えずにすむのだから。
………それでいいのか? 本当に?

「あなたの今の気持ちはわかるつもりですよ。……これでも最初は僕もそうでした。
 ですからあえて、一つ忠告をさせて頂きます。」

まるで俺が迷っている“何か”はお見通しって面だな。
悟ったような面をしやがって。お前はまだ、俺と同じ歳だろう?

「このままここで過ごすのであれば、いつか必ず戦場に出ることになる。そして、その場に立つ以上迷いは禁物です。」

そう言いながら銃を握り直す古泉の些細な仕草がやたらと鮮明に見えた。
水を得た魚のように、まるで銃そのものが生きているかのような動きで発射準備が整われる。
滑らか過ぎるであろうその流れは、今まで間近で見たことのある誰よりも静かだと思った。


「躊躇うと ――――死にますよ。」


そうして、一発。 イヤーマフを付けていなかった耳に大きな破裂音が響く。
だが、その破裂音よりも、こめかみを掠めた銃弾よりも、着弾音と共に的のど真ん中に空いた穴よりも、
一瞬かいま見えた底知れぬ冷えた目が脳裏に焼きついて離れない。
にこりと、どうかしましたか?と笑うその笑顔に、背筋が震えた。

ああ…。


お前はもう、とっくの昔に、 『そこ』  にいるのか。


>>NEXT   




やっと書きたいところがかけた! あと1話半のつもり…です。