「幕僚総長。」
呼ばれて振り返った先には、書類を抱えて敬礼をとる見知った姿があった。
「此度の戦果についてご報告申し上げたいのですが、この後お時間を頂けないでしょうか?」
「かまいませんよ。そうですね…一刻ほど後でなら」
「了解しました。では、一刻後に総長室に参上いたします。」
―― 幕僚総長こと古泉一樹は、伝えるべきことだけを伝え、再度敬礼をとりその場を去っていく人物の後姿を眺めながら、 この後総長室で行われるであろうやりとりを想像し、ほんの少しだけ苦笑した。
適材適所
「あんの馬鹿共!!」
バンッと一際大きな音を立て机が悲鳴を上げた。
書類とともに机にたたきつけられた両の手は未だ怒りが収まらないのか小さく震えている。
その両手を暫し眺めた後、机の持ち主である古泉はゆっくりと視線を上に上げ、大きな怒声と音を立てた目の前の人物に微笑みかけた。
「作戦参謀。」
「…っ、……申し訳ありません。頭に血がのぼっていたようです。」
静かに、だが威圧をこめて発せられた自分の名前にはっとしたように作戦参謀―― キョンは息を呑んだ。
やってしまったと、罰の悪そうな顔をしたがそれを次の瞬間には押し殺し、叩きつけた拳を机から離して身体の横へと持っていくと 深々と頭を下げる。今はまだ仕事中であるということを一瞬でも忘れた自分にキョンは心の中で舌打ちをした。
士官学校からの同期でもある古泉は現在キョンより階級が上となっており、仕事中は立場を考えた上での 発言をしようと二人の間で取り決めていたことだった。いくら上官が同期で気心の知れた仲とはいえ、 部下のいる前で上下関係を崩すような真似をしては指揮に関わるからだ。
常ならば仕事とプライベートの区別を付けられているのに、とキョンの眉に自然と皺が寄る。
古泉の前でこういう失態を犯すということは、弱みを握られるも同義だとキョンは思う。後々このことをネタにされ、 何を強要されるか分かったものじゃない………この場合は、プライベートの時に、なのだが。
先程自分から“幕僚総長に話がある”と言った手前、非常に悔しかった。
頭を下げ相手の出方を待っていると、もういいですよ、と意外にも明るい声が投げかけられる。
つまるところ、古泉は笑っていた。
「……何がおかしい。」
「いえ、珍しいあなたを見たなと思っただけですよ。」
「悪かったな…。」
「たまにはいいのではないですか? 部屋には僕達しかいないのですからね。」
思わず口調が元に戻ったが古泉は別段注意することもなく話を進める。
わかっているならもういい、ということかとキョンは一人で納得し(何せ相手が肝心なことを言わないのだから確認の仕様がない)、 机に散らばせた書類を改めて手に取った。
ちらりと古泉を見て、どうぞと目で促されるのを確認すると一呼吸置いてからなるべく感情が入らないよう 一息で告げた。
「報告します。先日、太陽系外れで勃発した艦隊撃滅戦で我が軍は勝利。
旗艦を討ち取った時点で白旗を揚げた敵陣営は捕縛し、捕虜として抑えております。
――我が軍の負った損失は、策敵艇10、補給艦13、迎撃艦1……死者総数、182名です。
小規模交戦とあって此度出撃した総部隊数は100艦でしたが、100艦でも足りると判断し
結果24艦ものの損失という惨事を引き起こしたのは全て私の作戦によるミスであります。」
如何様にも従います。処罰を、と付け加えられた報告に幕僚総長は目を閉じた。
そして同時にやはりかとも思う。
一刻ほど前、話がしたいと声をかけてきたキョンの様子から予想は付いていた事だった。
キョンが涼宮ハルヒ閣下直々のご指名により作戦参謀に就任して以来、敗北を喫したことは一度たりとてない。 それはひとえに、キョンの能力によるものなのは誰の目から見ても明らかだった。
士官学校からの付き合いである古泉やハルヒ、情報参謀の役につく長門有希や補給艦の一切を取り仕切る朝比奈みくるは そのことをよく知っている。だからこそ、ハルヒがキョンを作戦参謀にと指名した際に何も言わなかった。
正直に言って、群を抜いて成績が良かったわけではない。座学・実技どちらも人並みだ。しかしキョンは物事の事象を状況に 応じて主観的・客観的に受け止め、尚且つそれらを見極めて最善の結果を導き出すことに非常に長けていた。
端的にそれを示す事柄として、古泉はキョンとの戦術シュミレーション対戦歴を振り返る。
幾度となく行われた対戦だったが、7割の確率でキョンが勝っていた。その結果は戦術シュミレーションだけではなく、趣味で行っているアナログの盤上ゲームに おいてもそうなのだから、あながち笑い飛ばせない事実だといえる。(これでも、古泉はキョン以外への勝利率は8割を超えるのだ。)
足りない知識は後で基本から全部叩き込めばいいとハルヒが無理やりねじ伏せた人事会議を思い出し、古泉は小さく笑う。 人事が決定されたときのキョンの顔は、それは見ものだった。
なんで俺が作戦参謀なんだ!?と、自室で寛いでいるときに胸倉を掴まれて問いただされた時のことは未だ鮮明に思い出せる。 (その時は古泉自身も「キョンが作戦参謀なら古泉くんは幕僚総長ね!」と突然指名されてかなり動揺していたのだが、 それはあえて伝えていない)
此度の戦果については既に上層部にも伝わっていて、事後処理は前線に出ていたキョンの帰還待ちだった筈。
既に処分もあたりが付いている筈なのに、目を閉じたまま何も言わない上官にじれたキョンは、一歩前へ出た。
「なんで何も言わないんだ。戦闘終了から俺の帰還まで2週間あった。沙汰も全て決定済みのはずだ。」
「何も言うことはないからです。」
「んな訳ないだろうが!」
「今のあなたには何も言うことはありません。
ついでに申し上げておきますと、此度のあなたの作戦に不備はありません。
あえて言うなれば、命令に従わず単独行動を起こしたあげく附属艦隊まで巻き添えにした
迎撃艦の士官に対して処罰が下るところです……が、殉職した者にその罪を問うことは出来ませんね。」
「その士官に命令を出していたのは俺だ。部下を束ねきれていなかった俺に責がある。
部下も纏め上げられずに前線に出る作戦参謀なんぞ無用だ。
俺を規律どおり処罰してお前が作戦参謀も兼ねればいい。」
苛立ちを隠さずに突っかかってくるキョンに古泉は変わらないな、と思う。
キョンは優しい。そして、自分の価値を知らなすぎる。
そんなキョンをやんわりと回りくどく言葉で煙に巻きながら時には直球ストレートで諭してきたのは古泉だった。
ならば、今回もその役割は自分なのだろう。
そういえば、上層部会議が終了した直後ハルヒが一言、「任せたわ!」と言っていたことはこの事かと思い至り
古泉はキョンへいつも胡散臭いと罵られる超絶な笑顔を向けた。そして一蹴する。
「それは出来ませんね。」
「幕僚総長に任命される前、お前は作戦部にいただろう。出来ないとは言わせない。」
「あなたでなければ駄目なのですよ。第一、僕が代わりになったとしても閣下が黙ってると思いますか?」
「…だから何で俺なんだ。任命されるときもお前に聞いた。だが、その時も笑って誤魔化しただろう!
いい加減、ちゃんと答えろ!」
再度、バンッと机に乗り出してきたキョンを正面から見返して変化球のち直球ストレートで三振狙いかな、と
内心狙いを定める。こういう状況下でこんなやり取りを楽しんでいる自分を認識し、
いささか…いや、非常に不謹慎ではあるがまぁいいかと開き直った。
「……あなたでなければ駄目なのは、あなたの作戦でなければ駄目だからです。」
「意味が分からん。」
「あなたの立案する作戦は、どれも見事なまでに綺麗ですよ。」
「気色の悪い言い方をするな! というか、そんなの関係ないだろう!」
「何を言ってるんですか大いにありますよ。
――――分かりやすく言い直しましょうか。
あなたの作戦は、人命を第一としている。被害は最小限最低限、人を犠牲にするのは嫌だ、
俺の作戦なんかで命を落とさせてたまるか、そんな思いが伝わってくるような作戦です。」
古泉の言葉に虚を衝かれたのか、ひゅっと小さな音がキョンの喉元で鳴った。
しかし、段々と苦虫を噛み潰したように表情が歪み、思いを吐き捨てる。
「……そんないいものばかりじゃない。結局は生き残るために無駄な犠牲を出すことだってざらだ。」
「当然です。人の上に立ち、全ての者の命を預かる立場として切り捨てて頂かなければならないことがある。
あなたはそれをちゃんと分かっている。たとえ、納得しきれていないとしても。」
「………。」
だからこそ、と古泉は握りこぶしを作っているキョンの右手に、自分の右手を重ねた。
反射的に逃れようとした手をそのまま掴み、強く握る。離せ、と小さく声が聞こえたが笑顔で黙らせた。
「あなたの作戦を見る度に賞賛を贈りたくなるのですよ。
それは閣下とて同じです。口ではそれじゃ甘い!と言っててもね。
言葉じゃなくても伝わるものがある。皆、それで十分分かるのです。だからあなたでなくてはならない。
僕では役不足ですよ。適材適所。昔からそう言うでしょう?
―――― ご理解、頂けましたか?」
右手を握られたまま俯いているキョンの表情は古泉からは伺えない。
覗き込もうとして軽く椅子から腰を上げると、動くなといわんばかりに強く握り返された。
握られる強さはじわじわと増して行きじわじわと………痛い。地味に痛い。
それでも手を離す気は古泉にはなかったのでどうしたものかなと考えていると、むかつく、と低い声が聞こえた。
卑 怯 者! と更に一語を区切って発音された音と同時に思い切り握り潰され、勢いよく手を振り払われた。
「そういう言い方は、卑怯だろ。」
「事実を言ったまでです。」
少しばかり意趣返しができたという顔で腕を組み、古泉の前でキョンはしっかり立っている。
その佇まいに先程までの鬱々とした雰囲気はなく目からは曇りが消えており、
そのことを確認した古泉は満足げににっこりと笑い返した。どうやら、奪三振は取れたらしい。
そんな古泉の顔を見て、はぁと盛大なため息をついたキョンはやっぱりむかつく、と不機嫌そうに顔を歪めた。
ふふふと思わず笑いを零した古泉に、キョンはじろりと視線を投げかける。
もういいから早く言え、と訴えてくる視線を受け止め古泉は椅子に座りなおした。
「さて、どうやら分かっていただけたようですので、今のあなたならば大丈夫でしょう。
先日の上層部会議で決定されたあなたへの命令を伝えます。」
「はい。」
「部下監督不行き届きにより引き起こした損失への処罰は、今までのあなたの功績により減罰処分となりました。
これから約3日間の自室謹慎、および半月間の涼宮ハルヒ閣下雑用係との兼務を命じます。
………げっ、という声は聞かなかったことにしましょう。
が、いつまた戦闘があるとも限りません。このような事が起こらないよう、初心をゆめゆめ忘れないように。」
「――――ご期待に添うよう、精進します。」
「結構です。期待してますよ、作戦参謀?」
以上です、と古泉が宣告するとキョンは敬礼の姿勢を取る。
同じように敬礼に答えると、ようやく室内の空気が軽くなったように感じた。
僕の仕事はこれで終わりです、お茶でも飲みませんか?と先程までとはほんの少し違う声で古泉はキョンを席に着くよう促す。 キョンはちょっとだけ迷ったそぶりを見せたが、軽く頷いた。
人払いをしているので、給仕はもちろん自分たちで行う。俺がやる、と言い出しかねなかったキョンを手で制し 古泉は二人分の紅茶を入れるために執務机から離れた。
古泉の後姿を見ながらキョンは小さく息を吐く。
目の前で艦隊が沈むのをみるのは、やはり嫌なものだ。
何度見ても慣れない。慣れたいとも思わないが、それでもやはり死というものは足を竦ませる。
負けるとは思わなかったが、二度とこの地を踏めなかった者のことを考えるとやりきれないのだ。
ふと陰りを感じて顔を上げると、古泉がどうぞと紅茶を差し出す。
サンキュ、と受け取ってキョンはカップに口をつけた。
暖かいなと心で呟くと、そういえば、と口元に手を当ててキョンを見ていた古泉と目が合った。
「言い忘れてました。」
「?」
「小規模とはいえ、遠路出陣お疲れ様でした。……ご無事で何よりです。」
「ああ…、……ありがとな、古泉」
――――あなたが生きていてくれて良かったと、言ってくれる者が必ずいる。
そのためにも誰も死なせない。死なせてたまるか。
その思いがある分、確かに自分は作戦参謀に向いているのかもしれない。
ほんの少しだけキョンはそう思い直した。
射手座パロ第1弾。妄想捏造も甚だしいですね!
色々詰め込んだら収集が付かなくなった感が否めない……でも好きだ、射手座…!