In the rain
ついてない。
文芸部の部室でいつものように古泉とゲームに興じていた頃から多少怪しい雲行きではあった。
だが、今朝家を出てくる前に何気なく見た天気予報の降水確率は10%じゃなかったか?
10%なんて低い確率で折りたたみ傘を持っていこうとなんて思う性質じゃないんだよ、俺は。
大体、10%で降る確率の雨が目の前が真っ暗になるほどの豪雨だなんて誰が思い至るだろうか。
「参りましたね…。」
ああそうだな。同感だ。
先程から一向に止む気配を見せない空を見上げながら、隣に並び本気で困ったように呟く古泉へ素直に同意する。
このどんよりとした雲がぽつりぽつりと雨粒を落とし始めたのは、女子3人と別れた頃だ。
その時本格的に降りそうだわね、とハルヒが言ったのを覚えている。
……まさかハルヒ、お前このまま雨が降って濡れて帰ってみたいわねとか思ったわけじゃないだろうな。
思うのは構いやしないけどな、強く願えばお前の場合冗談じゃ済まされなくなるらしい。
自然現象の何から何までお前の意思で自由になるだなんて思っちゃいないし未だに信じたくもないが
隣の男はそれを本気で信じているし、俺も今回ばかりはお前の所為にしたくなってきたぞ。
古泉と二人で分かれ道まで歩いている途中で本格的に降り出した雨は、軒下で雨宿りを始めて早20分、
全くもって止みそうもない。
それどころか段々酷くなってきて、辺りは強くなる雨音にかき消されて他の音が聞こえにくい程だ。
古泉もそれを分かっているのか、先程から黙ったままで何も話そうとはしない。
いつものうるさいくらいの饒舌っぷりはこういう時にこそ発揮されるべきではないかと頭の片隅で思うが
こいつは黙っていればただのハンサム野郎で何の被害も及ばないので、あえて指摘はしない。
じっと前を見据える横顔が様になっているのが同じ男として悔しいような、そうでないような複雑な心境ではあるが。
雨を避けるために入った軒下も叩きつけられるこの雨では意味を成さなくなっている。
足元どころかすでに制服も湿ってきていて、このままだといくら夏だとはいえ風邪をひくだろう。
ずっとここにいても埒が明かない。
そう思ったのは、俺だけではなく古泉も同様のようだった。
本格的に降り出す前にタクシーでも呼べばよかったですね、と雨音にかき消されそうな音量で呟く。
タクシーかよ、と思わないでもなかったが、動けなくなるくらいならばそうした方が確かに良かったかもしれないな。
今更言っても意味のないことだとは、こいつも分かっているだろうけど。
「走るか…。」
一つ溜息をついて告げる。そうだ、もう帰るにはそうするしかない。
どれほど待ったところで、魔法のように傘が現れるわけでもないのだから。
優等生の古泉ならば10%の確率でも用意周到に準備してきてるかと思ったが、そうでもなかったらしい。
ご期待に添えられず申し訳ありませんと苦笑する姿は珍しい部類に入るもので、面白かった。
そうですね、このままこうしているわけにもいきませんしと返ってくる返事を聞いて、弛緩していた身体に少しだけ気合を入れなおす。無駄な労力だったんだけどな。
次いで耳に届いた言葉が思いもよらないことだったんだから、吃驚して力も抜けるのも仕方がないだろう?
まさか、古泉の口からそんな提案を受けるとは予測も何も全然全く頭に入っていなかったのだ。
僕の家に寄りませんか?と、そうこいつは言ったのか?
「ええ、ここからだとあなたの家より僕の家の方が近いですし。」
何でお前が俺の家の場所を知っている…と聞こうとしてやめた。
そういえばこいつは例の黒塗りタクシーで家の前に現れたことがあったな。
それにしてもだ、まさかこの男が自分のテリトリーである場所に俺を招こうとするだなんて思いも寄らなかったんだ。
幾分か互いの距離は縮まり、ハルヒのこととは全く関係のないどうでもいい話を話すようにもなったし、
最初に会った頃の関係からは徐々に変化していると自覚はあったが、なんというか、
"普通の友人"であれば当たり前の"家に行く"という行為が、古泉との間でも成り立つ可能性があったのだということを
今の今まで考えたこともなかったのだ。
もっと言うなれば、古泉が家に他人を招く…ということに実感がまるでわかなかった。
だが、俺にとってかなりの爆弾発言だったにも関わらず、口にした本人はさほど気にした様子もない。
「これが、もし本当に涼宮さんの願望からくるものだとすれば、暫くすれば止むと思います。
けれど既に20分以上こうしているわけですし、必ず止むという保障もありません。
一応、天気予報では降る可能性があったようですしね。 雨宿りをするなら、もっと確実な場所に移動しましょう。
気休めにしかならないかもしれませんが、タオルと傘もお貸ししますよ。」
いかがですか?と、俺を見る古泉は、穏やかだった。
……ああ、俺が気にしすぎなのか。
ハルヒを神と崇める機関に所属し、監視するために転校までして、あまつさえなんとか空間に発生する神人とやらを討伐する力を有しているこいつだって、なんのことはない、同じ高校生なのだ。
友人を家に招くことだって当たり前なのだ、考えてみれば。
ただの友人と呼ぶには俺と古泉の関係性は、取り巻く環境や出会いの理由からして普通ではないのだろうが。
SOS団にいるときの古泉が、全てではないのだ。
そんなことを、今初めて考えている気がする。
「……そうだな。」
古泉の普段の日常がどんなものかなんて、考えたこともない。
一人暮らしをしているのは知っている。 だが、それだけだ。
廊下で時折みかけたときの横顔に疲れが見えたときなんかは、ああ、アレのせいか?と思ったりするものの
部室で会ったときにはそんな雰囲気を微塵も出さないので、俺も何も言わない。
ちゃんと食ってるのかとか寝てるのかとか、そんな心配をするのならば朝比奈さんや長門の方を心配したいしな。
でも、ほんの少し興味がわいた。 断る理由もない。 ここは、有難く提案を受け取るとしよう。
「悪いが、少し邪魔する。」
不思議だ。
約1年、こうして一緒にいるというのに何も知らないということを知らなかった。
気付かなかったのか、気付かせなかったのか、考えなかったのか。明らかに最後のが正しいと思うが…まぁ今更だ。
気にしないでおくとしよう。 男の一人暮らしだ、あまり期待もしてないしな。
ただ……悪いだなんてとんでもない、と微笑を浮かべる古泉が普段と違う気がする。
どこがどう違うかは説明しにくい。だが、そう思うのは、何故か悪い気がしなかった。
何故だろうな?
こちらです、と降り止まない雨の中へと走り出した古泉の後を追う。
こんな雨も極々たまにならば、悪くないのかもしれない。 …たまにならな。
2年目の夏。それで初めて古泉の家へと行く無自覚キョンはどうだろうと考えてみた代物。
微妙に続きます(笑)