「なっ……!?」


がっっ!!と、酷く鈍い音が頭に響く。
身体がぐらりと傾く感覚で殴られたのかと思ったが、上半身に残る感触で突き飛ばされたのだと知った。手をついて頭から倒れこむのを辛うじて避けた俺は文句を言おうと殆ど反射的に振り向いた。そして目の前に飛び込んできた光景に言葉を失う。突き飛ばしたのは、今まで俺の隣で歩いていて、今は俺の立っていた場所で、鞄を盾に何かを受け止める体勢のまま前を睨む古泉だった。

下がっていてください、という普段より低い声が鼓膜を揺らす。それと同時に古泉の身体が沈んだと思ったら、対象が沈んでバランスを崩したらしい相手のわき腹に綺麗に回し蹴りを叩き込む姿を捕らえた。銀色に鈍く光る金属が ―そうだ、あれはナイフだ― 刺さったままの鞄を投げ捨て、閉鎖空間のように飛ぶまではいかないまでも持ち前の瞬発力を活かしたその足で倒れこんだ相手との距離を一気に詰める。倒れこみそうになっていた相手も負けじと体勢を整えて迎え討とうとしたらしいが、古泉の方が早かった。懐に入り込んだ瞬間、相手の身体が宙を舞い勢いよく地面に叩きつけられるのを見た。いわゆる背負い投げだ。突然のことに俺の頭が回りきらないうちにあっという間に片がついた一連の流れは3分もかかっていないと思う。 相手が気絶したのを一瞥するとすぐに携帯を取り出して何やら連絡を取った古泉が、座り込んだままの俺に近寄ってきて手を差し伸べてきた。


「大丈夫でしたか?」
「………ああ。」


お前に突き飛ばされたときに擦りむいた手のひらだけが痛い、と呟くと苦笑した古泉がすみませんと手ではなく手首を掴んで俺を立ち上がらせた。そしてそのまま足早に立ち去ろうと引っ張られる。倒れた相手とナイフが刺さったままの鞄が俺の目に飛び込んできたが、思いのほか強い力で引っ張られてそれらは放置されたまま、俺は為すがままに帰り道とは違う方向へと歩き出した。


「おい……」


何が起こったんだと尋ねる前に道路に滑り込んできた黒塗りのタクシーの中へと連れ込まれて、再度言葉を失った。
仕方がないので、大人しく黙って乗ってやっている状態だ。


「すみません、こちらの落ち度です。」
「は……?」


何も言わずに走り出したタクシーの中で、古泉は頭を下げてくる。何が何だか全く分かってない俺に頭を下げたってなんのことかさっぱりだ。ちゃんと説明しろ、と告げると先ほどの男は機関の中でも過激派に属する一人だという。最近のハルヒの動向はかなり安定しており、このまま何事もなくすむんじゃないかと『機関』で話し合いが進んでいる中、何を血迷ったか俺を標的に選んだらしい。


「上層部から気をつけるようにとの指示があったばかりだったのですが……結局巻き込んでしまいました。」


すみません、と再度頭を下げる古泉を見て溜息が漏れる。話を聞いている間に俺は随分と落ち着いたらしい。微かに血が滲んだ手のひらは目ざとく気が付いた古泉の持っていたハンカチで縛られている。じんじんと痛みはあるが、別にどってことはない。転んだ勢いが強すぎた程度だ。それに、お前のせいじゃないだろう。だから謝らなくていい。むしろ謝るな、分かったな。ああ、別に答えなんか要らない。ここはタクシーの中だからな、うん。いつもの似非スマイルで笑ってりゃ良いんだよ。そう思って睨みつけてやると、ちょっとだけ困ったような笑顔を貼り付けて、ありがとうございますと小さく呟いた。




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今日はちょっと僕の家に泊まって下さい、と半ば強制的に連れて来られた古泉の部屋に鞄を置いてソファに座る。俺の家族への根回しは、とっくにやっているらしい。準備が宜しいことで。まぁ、今日は金曜で明日は特に何もなかったから別に良いけどな。ところで古泉、俺はずっと気になっていることがある。機関の人がいる手前、避けてやってたが。


「はい、何でしょう? あ、痛みますか?」
「手のことじゃない。これはもういいって言ったろ。」
「…では、何でしょうか?」
「お前、ずっと前に "僕は閉鎖空間以外では何の能力もない只の高校生ですよ" とかそんなこと言ってなかったか?」
「そうですね。言いました。」
「…………よくあることなのか?」


こういうことは、とは続けなくても通じるだろう。素人の俺から見たってあの手並みは鮮やかだった。手馴れている、と言ってもいい。よく考えれば、閉鎖空間で戦うときには特殊能力が付くとはいえ、その力のコントロールは全て自分で行っているはずだ。空を飛ぶのも、投げつけるのも、基礎能力の上に訓練があってこそだろうと思う。そういうところをおくびにも出さない奴だし、実際今日のような出来事がない限りは、ああいう場面を俺に見せることもなかったんだろう。


「昔……ですけどね。」


護身術の一つもあった方が良かったときもありまして。と、俺の質問に古泉は意外と素直に吐露する。ああ、やっぱり俺は知らないことだらけだな。そう伝えるときっと知らなくていいんですよと言われるに決まってるので口には出さない。不満そうな顔は……してたかもしれないがな。


「………きっかけは、自分の身を守るために必要に迫られたからでした。」


二人分のコーヒーを入れたマグカップを手に持ってきて、テーブルへ置いた古泉が静かに語りかける。


「今は……僕が守りたいと思う人を守るために、自分から望んだんです。だから、気に病むことはありません。」


守らせてくださいね、と聞こえたのは気のせいだ。男とアイコンタクトを取る趣味は全くこれっぽっちもないので顔を背けて視線を外す。くすりと耳元で笑う気配がして忌々しいと思ったが、文句を言う前に弱めの力で引っ張られて抱きとめられたために、またしても言葉を飲み込む羽目になる。今日はとことん言葉が形にならない日らしい。
あなたが無事でよかったと、搾り出すような声が静かな部屋に染み渡る。背中に回された腕の力強さにちょっとは加減をしろと呟いたら我慢してくださいと返された。なんだそりゃ。何でお前が震えてるんだ。今までの状況で震えるなら俺の方だろう。やれやれと、封印しようと考えていた言葉を漏らしてしまったのは不可抗力であって他意はない。部屋に入った直後、改めて手当てされた手のひらを軽く背中に回して、ぽんぽんと背中を叩いてやった。

大人しく守られてやるつもりはないが、今の俺に何の力もないことは事実で否定しようもない。簡単に身に付くものでもない。悔しいことに、こいつのお陰で命拾いをしたのは事実なのだ。それはきちんと認めなくてはならない。


「………古泉。」
「はい。」
「お陰で助かった。……ありがとな。」


俺の言葉にゆっくりと顔を上げた古泉が、お役に立てたなら何よりですと微笑んだのを見て、ふと暖かい気持ちになる。やはり、守られてばかりは性に合わない。貸し一な、と笑い返してやると頑固ですよねあなたも、と言われまた抱きしめられた。


抱きしめるその腕は力強かった。






足技を使う古泉が脳裏に浮かんで一気に書き上げた代物(笑)
古泉は "古泉一樹" である限り本当に必要に迫られた以外はSOS団の前では手を出さないと思うんですけど……
というかそういう時には長門が来るんでしょうけども!(笑)
格好良い古泉が書きたかったんです!(でも失敗した気がする/爆)