その時確かに地面が揺れた。


悪夢




思い返せば原因は非常に呆れるほど単純で、特に誰が悪いとかそんなんじゃない。
ハルヒの暴走爆走は毎度のことだし(最近はこの状態が「いつものこと」で済ませられるくらい 慣れてきているというこの状況は如何なものかとは思いつつも今は関係ないので止めておく)、 朝比奈さんがお茶を丁寧に煎れてくれているのも同じだ。
長門は相変わらず椅子に座ってハードカバーの小説を手に広げて読んでいるし (そういやこの時読んでいた小説のタイトルは初めてみたものだったな。新刊か?)
テーブルを挟んで俺の目の前に胡散臭さ3割増しで微笑んでる古泉も、いつもと変わらない。
そう、分かっている。
いつもと違うのは俺で、原因も、俺だ。






「おや、どうされました?こんな時間に…」






いつものアルバイトが終わったのだろう。黒塗りのタクシーから降りてきた古泉は、 入口から少し離れた処に突っ立っている俺を見かけてほんの少しだけ眉を寄せたが すぐいつもの顔に戻ってこちらへ近寄ってきた。
今の時刻は夜の12時を回ったところで、明日は休みとはいえ高校生がほっつき歩くには少々遅い。
それ以前に他人の家を訪ねるには非常識な時間だ。(それは重々分かっていたのでこうして外で待っていたわけだが。) この際なので、どうやって家を抜けてきたかは考えないで頂きたい。
なかなか用件を切り出さない俺を、どうしたものかとでも考えているのだろうか?
首を傾げたまま古泉はじっとこちらを見ている。
その視線を真っ直ぐ受け止めて、ようやく俺はずっと考えてきた言葉を口にした。

「………悪かった。」
「……それを言うためにわざわざこんな時間にこんな処に?」

予想もしない言葉だったのか、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
珍しい顔を見た。ついでにその声も間抜けだぞ古泉。
俺も自分でそう思うさ。メールでも何でも、連絡をつける手段はこの時代いくらもあるのだから それで済ませてしまえば別段こんな時間にこんな処にいなくても良いわけだ。
女性ならともかく何が悲しくてアルバイトから帰ってくる男を待っていなくてはならないのか、とか思わないでもなかったが ……やっぱり今日の俺はどこかおかしいのかもしれない。

「今日のお前の“アルバイト”は、明らかに俺のせいだろ。」

そう、今日の“アルバイト”の発生原因は俺なのだ。






-------昨夜、夢を見た。
ハルヒと二人で閉じ込められたときのような薄暗い世界。
交差点の向こう側にあった、あの閉鎖空間だと体中の感覚が訴えている。何故ここにいるのか全く分からない。
だが、唐突にどこからか轟音が聞こえて空気が震え、ビリビリと身体が痺れたのは分かった。
ふと辺りを見回すと、遠くで幾つかの赤い球体が<神人>と命名されたものに攻撃を加えているのが見えた。 あの赤い球体は、以前古泉が俺に見せた閉鎖空間限定の能力だ。 だから俺はこれは夢で、あの光景を思い出しているだけなのだと他人事のように眺めていたのだ。
<神人>が、一体だけではないのだと気が付くまでは。
赤い球体の周りにいる<神人>の数を認識したときのぞっとした感覚を今でもリアルに思い出せる。 世界を破壊しながら突き進む<神人>の前に為す術もなく赤い球体の数が減っていく。 その時自分は一体どんな顔をしていたのだろうか。最後の赤が<神人>に打ち落とされた瞬間………目が覚めた。


そんな夢をみたことを、放課後までの俺はすっかり忘れていた。
いつもどおり授業を受けて、ハルヒの話に耳を傾け突っ込み、何事もなく放課後になり部室へ足を向ける。
部室に入ると長門は既に読書をしている。朝比奈さんもこんにちは、と笑顔を向けてお茶を煎れてくれた。
所定の位置に座って、さて今日はどうしたものかと考えていると、ドアが開いて古泉が入ってきた。
よう、とドアの方へ顔を向けた瞬間だ。本当に唐突に夢の内容を思い出し、悪寒と冷や汗が吹き出た。
その後の団活内容を実はあまり覚えていない。
適当に古泉と会話をしてゲームを始めて、暫く経ってハルヒがばたんと大きな音を立てて部室にやってきて、 気が付いたら、しつこく話しかけてきていたハルヒが伸ばしてきた手を、払いのけていた。
不味い、と意識が引き戻されたが遅かったのだと思う。
あの時世界が大きく揺れた。 気がした。




言い訳をさせてもらえるならばタイミングが悪かったとしか言いようがない。
常ならば流せる出来事だっただろうし、癇に障る程でもなかった筈だと今なら思う。
古泉は飛び出したハルヒを追いかけ俺の行動にフォローの言葉を投げつつ、携帯で呼び出され“アルバイト”へと向かい、朝比奈さんは青ざめていた。 長門は本を閉じてこちらをじっと見ていた。何かあったのかと静かに問いかけているように見えた。

そのまま解散となった団活から帰宅後、俺はハルヒにきちんと謝った。
夢の内容は一切言わなかったが、それについて考え事してて話を聞いてなかったと、すまないと。
電話越しに軽く息を飲む音が聞こえ、一呼吸おいてしょうがないわね!とハルヒは言ってきたのだ。
珍しく馬鹿キョンが考え事をしてたのを邪魔したのは悪かったわ。……悩み事があるなら相談しなさいよ!悩みすぎて剥げる前に!以上!
そうまくしたてるといささか満足したのか分かった?と念を押してくる。
わかった、サンキューと素直に答えて電話を切ったのだ。
そうしてそのまま、古泉の住む家の前まで来て今に至る。
俺の話を黙って聞いていた古泉は納得したように頷いた。


「だから本日のは思ったよりも規模が小さかったのですね。」
「…そうなのか?」
「ええ、はっきり言ってしまえば本日のはどんな惨事になるのかと思っていましたよ。
 まさかあなたが、彼女の手をあんな風に払いのけるなど夢にも思いませんでしたから。」

いつものあなたらしくありませんでしたね、と付け加えられた言葉には何も返せない。
確かに、いつもの俺ではなかったのだから。

「…………悪かった。」

二度目の謝罪を口にしたことがそんなに珍しかったかこの野郎。再び鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしやがって。 確かに俺がお前相手に謝ることなんて滅多にないが、こちとらすまないと思って来てるんだぞ、一応。
その上ふふふと笑い出しやがって。殴っていいか? つか殴らせろ。

「いえ、すみません。遠慮しておきます。…そうですね、確かに本日の閉鎖空間の発生はあなたが原因ですが、 その規模を最小限に抑えたのもまたあなたですから、そんなにお気にせずとも良かったのですよ?
随分とお待たせしてしまったようですしね、何か暖かい飲み物をいれますのでどうぞ?」

そう言いながら古泉は中へ入るよう促したが、丁重にお断りした。
俺が伝えたかったことはどうやら半分は伝わったみたいだし(もう半分は伝える気もないし伝わらなくていい)、 正直、こいつを見ていると夢の中のあの光景を思い出すのだ。今日はもう帰って寝たい。何の夢も見ずに。
用事は済んだから帰ると告げた俺を見て古泉はそうですね、とあっさりと引き下がった。
脇に止めておいた自転車に跨り、さっさと中に入ればいいものを律儀に見送る奴を振り返ってもう一度告げた。

「悪かったな、引き止めて。」
「あなたは今日は謝ってばかりですね?」
「…そうだな。」
「お疲れのようですし、僕が言うのもなんですが早めに寝たほうが良いと思いますよ。
明日は休日ですが、朝から団活ですからね。」
「ああ、そうする」
「ではまた明日。……今夜は良い夢を。」




何を考えてるか分からない微笑とともに告げられた最後の言葉を無視して自転車を走らせる。
伝えるつもりも伝わって欲しいとも思っていなかったが、わざわざこんな時間にこんな処まで来た理由は 案外バレているのかもなと遠くで思った。

-------夢を見た。
ハルヒと二人で閉じ込められたときのような薄暗い世界。
交差点の向こう側にあった、あの閉鎖空間。何故ここにいるのかは分からない。
だが、唐突にどこからか轟音が聞こえて空気が震え、ビリビリと身体が痺れたのは分かった。
一体ではない<神人>。減っていく赤い球体。そもそも《機関》に古泉のような能力者が 他に何人いるのかも知らない。球体は顔など分からない程の小ささだったにも関わらず、 だがそれでも何故か最後に打ち落とされたあの赤い球体が、古泉なのだと、分かった。
閉鎖空間が発生したと確信した瞬間、襲ったのは間違いなく恐怖だった。
今朝のアレが夢であることは間違いないと言えるのに、迫り来るあの現実感。
俺はおそらく、古泉が生きて戻ってきたことをこの目で確認したかったのだ。
ああいう悪夢を古泉も見たことがあるのだろうなと漠然と思う。
それでも戦い、戻ってきている奴をほんの少しだけ見直した。








古キョンのつもり…だけども、古←キョン…かもしれない(笑)
古泉宅の前で待つキョンが書きたかった(爆)