――― おそらく、誰も気が付いていないのだと思う。
あ、いや、長門はきっと知っているな。何せ情報網が雲泥の差だ。歴然だ。
勝とうとも勝てるとも思ったことはない。事実、俺がそのことに気が付いたのはほんの偶然でしかない。
何せその“相手”は、常日頃から『日常』を演じるような奴だ。
あいつに演劇の才能はないとは思っているが(文化祭のあいつの演技についてはノーコメントを貫かせて頂く)、
あれとこれとは違うらしい。
それもそうか。こっちは世界の命運がかかっているのだか身の入れ方からして違うのだろう。
突然この世界が改変されたという3年前から『機関』とやらに否が応でもそうあるべきであるとして
叩き込まれてきたのであろうし、今となってはそうすべきで、またそうあるべきだとも思っているであろう「古泉一樹」は
ハルヒの前では決して「古泉一樹」であることを崩さない。
だが最近は、少しずつ変わってきていると俺は思っている。
望まれている姿を変更する気は更々ないようだったが、少しずつ隠れている本心とやらを見抜けるようになってきた。
長いとはいえないがSOS団という非常に珍妙で非日常な濃い付き合いをしているんだ。
なんとなくだが分かるようになったのは必然だろう?(もちろん、古泉だけじゃなく長門についてもそうだ)
時折見え隠れする本音に、わずかばかりながら安堵することもあるんだ。正直な。
まぁそれはともかく、きっかけは本当に些細なことだったんだ。
おそらく、こんな風に俺と古泉の距離が近づいてきたからなんだろうな。野郎との距離が縮まることは嬉しくないが
ほんの少しの違和感を違和感だと認識する程度には、俺は古泉のことを気にかけていたらしい。
全くもって忌々しいが、気が付いてしまったのだから仕方がない。
そして、それを見逃してやる気にもなれないのだから尚更どうしようもない。
いつもの部室で真向かいに座り、盤面を見ながら真剣に唸る古泉の顔を見ながらどうやって切り崩そうかと思案する。
まずは、味方作りからが基本だよな。
ハルヒと朝比奈さんは、コスプレ写真集を作るだかなんだか意気込んで暫くは戻ってこない。
定位置に座って読書を続ける長門をちらりとみて、少し考える。
「長門」
「……」
本から視線を外し俺の方をみた長門からは「知っている」とか「分かってる」とか、そういうことを伝えてくる。
改めて伝えるまでもないか…とも思ったが、あえて言葉にして頼むことに決めた。
古泉は未だ盤面を睨みながら最善の一手を探している。
悪いが古泉、どうやってもお前の投了だぜ。つか…お前、本当に弱いよな…。
「悪いんだが…これからのこと、あいつ等には秘密な。」
「わかった。」
前髪が小さく揺れるのを確認してほっとする。これでアリバイ工作はばっちりだろう。
あとはこのいつまでも投了しない往生際の悪い奴を何とかするだけだ。
これが本当の手合わせだったら、時間制限でお前の負けだぞ。
と言うわけで古泉。ちょっとばかし手を止めてくれないものかね。
「はい……ちょっと待っていただけませんか、まだ熟考中でして……。」
「右手出せ。」
「…はい?」
「右手。」
我ながら自分の声に驚いた。意外と低かったな…自分で思っていたよりも頭にきていたということか。
ったく、なんだってこんな事で改めて自分の意識を確認しなくちゃならんのだ。
それもこれもこいつが悪い。理解できないといった顔で眉間に皺をよせてるこいつが。
……ああでも、笑顔じゃないだけましか?
つか、固まってないで右手を出すか何かしらのリアクションを起こせよ。
「……あなたの行動は、時々唐突すぎて理解しかねるのですが…。
僕が今この状況で右手を出すことに何の意味があるんですか?」
そうだよな、分かった。お前のことだからそう言うだろうと思ったよ。
じゃあこっちはこっちで強硬手段に出させてもらおうか。
組んでいた足を解き、立ち上がる。
そうしてすたすたとドアの前まで歩いて、訝しげに俺の姿を追っている古泉を呼びつけた。
「ちょっと来い。」
「ますますもって意味が分かりませんが…いきなりこの部室から団員二人が居なくなって、
もし涼宮さんが戻ってきた際にどうするつもりですか?」
「お前が抵抗しなけりゃ10分で済む話だ。それくらい、トイレだの職員室に行ってただのどうにでもなるだろ。」
「……分かりました、参りましょう。それで?どちらへ行くのでしょうか?」
しぶしぶといった感じで席を立ち、一足先にドアを開けて待っている俺のところまで来る。
部室から身体が出たのを確認してドアを閉めると同時に、古泉の右腕を思いっきり掴んでやった。
古泉の口から小さな呻き声が漏れる。それでも反射的に漏れる程度で済むんだから相当だなこいつ。
何するんですか、と訴える古泉は綺麗に無視して今度は左手を掴んで引っ張った。
行き場所なんて決まってんだろが。
「保健室」
その時の古泉の顔は、デジカメで激写しておけばいいネタになっただろう。
プリントして売り出したら稼げるんじゃないかというくらいのレアもので、思わずしてやったりの笑みが浮かんだ。
俺の笑いに気が付いたのか、古泉はすっと顔をいつもの表情に戻したが手遅れだよな。
それでも掴んだ手を振り解かないということは、観念したか。
さて、大人しくなったお前に一言言っておくことがある。
ハルヒにばれないように、という徹底したお前の態度と根性は見上げたものだがな。
そんなものは今この現在全く持って必要ない。むしろ邪魔だ。
さっさと治す気があるならきちんと治療をしろ。放置しておいても治るといえば治るだろうが、
その間ずっとハルヒを騙せ通せると思うのか?あいつはアレで団員想いだからな、なかなか見てるぞ。
無理されても困るんだ。お前のフォローをするなんてごめんだからな。
………聞いてるのか?
「ええ…一言じゃありませんでしたね。」
「揚げ足とれる立場か。」
「ふふふ。まったく…あなたには敵いませんね。困ったものです。」
ああそうかい、勝手に困ってろ。
俺は知らん。
ただ………心配くらいはちゃんとさせろ。それだけだ。
素直になれない人たち
古泉の文化祭演技については、約束でのキョンの評価を参考に(笑)
分裂を読み、約束をプレイしながら書き進めていたら、甘いところ(デレ)が消えてしまった代物(えー)
キョンが男前なのが大好きです!