「………珍しく良い手を打ってくるから楽しめると思ったんだがな。」
「ご期待に添えなくて申し訳ありません。これでも、目一杯なんですが……。」
「これで手加減してたなんて告白を聞いたときには、俺はお前を殴りとばさにゃならん。」
「それはご勘弁を。」


放課後、女子部員帰宅後も彼からの誘いにより続けていたゲームだったが、案の定…実にあっさりと負けてしまった。最初はどこか上機嫌に見えたのが段々と顰めっ面になっていくように見えたのは間違いではなかったらしく、勝負がついた現在は眉間に皺が寄っている。非常にご機嫌斜めだ。
常々彼とのゲームで満足に勝てた覚えがないのだからこの結末は妥当なのだけれども……彼曰く良い手を打っていたにも拘らず奮闘することもなくあっさり負けてしまったのは、少々考え事をしながら打っていたからに違いない。彼には絶対に言えないけれど。期待に添えなくて申し訳ないと思っているのは本当ですよ、と笑うともっと腕を磨けと怒られた。
はぁと盛大に溜息をつきながら彼は僕の分の湯飲みも回収すると意外と慣れた手つきで片づけを始める。
テーブルの上を片付けながら、僕はふと、その背中に声をかけていた。


「そういえば、あなたに一度お聞きしたいことがあったんですよ。」
「……改まってなんだ。ハルヒ絡みでまた何かあったのか?」
「いえ、そうではありません。これは僕の個人的な興味なのですが、お聞きしても宜しいでしょうか?」
「ろくな事じゃない気がするんだがな。」


片付けをしている手はそのままに顔だけこちらを向けてきた彼は、いささかげんなりしているように見えて思わず笑ってしまった。確かに、彼にとってはろくでもない事かもしれない内容で、でも僕にとっては非常に気になる問題だ。なにせ、回答しだいではこれからの行動を考え直さなくてはならない。


「あなたを除く、僕たち四人が危機に陥ったとき、どなたから助けます? 」


そっぽを向いた彼の身体が、ぴくりと動いた。 ……実を言うと答えなんて予測がついているのだけれども、彼の口から聞いてみたいと、そう思う。今ならば答えてくれる気がすると思うのは、僕の願望かもしれないが。
かちゃり、と湯飲みを定位置に戻した彼が眉間に皺を寄せて振り返った。


「…古泉。」
「はい。」
「俺はそういう類の例えが嫌いだ。」
「ええ、承知しています。」


真っ直ぐな視線を笑顔で受け止める。 暫く睨みつけられたままだったが、根負けしたのか彼は腕を組み、やれやれと実にやる気のなそうな返事を返してくれた。


「朝比奈さん、ハルヒ、長門、の順だ。
 朝比奈さんがそんな危機的状況で一人で長々と耐え切れるわけが無いから真っ先に助けるね。ハルヒは朝比奈さんを助けるまで何とかする力はあるだろう。長門は不自然にならない程度に待っててもらえる……と思っている。
 ………ああそれから、お前もだったか? お前は論外だ。男のプライドと根性でもって自力で這い上がってこい。」


その答えを聞いてああやはりと思う。僕に対して少々引っかかることはあるけれども、理由もとても彼らしい。けれど僕としては……いえ、世界の平穏のためには涼宮さんを真っ先に選んでいただきたいところなんですけれどもね、とも思う。視線だけで分かってもらえるようになったのか僕の言いたいことは正確に伝わったようで、傍目から分かるほどに眉間に皺が寄る。……喜ぶべきところなのか、悲しむべきところなのか後々考える必要がありそうだ。
意趣返しに、彼がいつも胡散臭いと嫌がる笑みを口元に引いてやる。


「理屈はわかりますが、そうじて乙女心とは複雑なものではないのですか?」
「まさかおまえ、俺に誰か一人でも見捨てろと? つか、乙女心とかいうな気色悪い。
 …仮にハルヒが一番最初に選ばれなかったことになにかしらの感情を覚えたとしてもだ。譲る気はないね。
 それに、俺が知ってる涼宮ハルヒは明らかに一番マズい状況であるだろう朝比奈さんを見捨てた俺を怒るだろうよ。
 そういう奴だ。というか、そうでなければもう知ったことか。助けてなんかやらん。」


お前だって、分かってるんだろう?と言外に訴えてくる視線が僕を捕らえる。
“俺が知っている涼宮ハルヒ”……ですか。 全くもって、あなた方の信頼関係には頭が下がるとしか表現の言葉が浮かびませんよ。それは、絶対に助けてやるから待ってろ!と言うあなたを彼女は信じて受け入れたということな他ならいないということで、そしてそれがどれだけ重要で価値があることかをあなたは本当に分かっていますか?


「言っとくが古泉。あくまで現状での話だからな。
 身体的理由またはなにがしがあった際はその都度考慮される順番で他意はない。」
「――ええ、ちゃんとわかっていますよ。あなたはそういう方だ。」
「……お前も、そういうのっぴきならない事情があるなら助けてやらんでもない。」


ああ、やはり。彼は解っているのに判っていないのだ。
彼はどこか達観しているところがあって、(彼自身無意識だとは思うが)ある一定の距離感を感じることがある。それは僕だけではなく、クラスメイトも然りだろう。だが決して全てに無関心なわけではなくて、人との距離の取り方が上手いのだと思う。目の前で起きているのことを見過ごせるほど人が出来ているわけでもないというのをここ最近でよく感じるし、「一定の距離感」に気が付くものは極僅かだと思う。それくらい、それが「自然」で、涼宮さんの能力で無理やりにでも改変される傾向もないということは、その無意識の行動を含めて「彼」であるということを涼宮さんが認めているのだ。

けれど涼宮さんにも彼にも幾らか少しずつ変化が見えてきている。彼が「鍵」であることは変わらないが、その彼の言うとおり、今の彼女が世界崩壊を引き起こすきっかけまでにはならないのだろう。閉鎖空間の発生はあるかもしれないが、それで済むのであれば安いものだ。
そして彼に至ってはこうして僕と向かい合うこともしている。出会った頃の彼の態度と比べると雲泥の差だ。
涼宮さんだけではなく、彼の中でも確実にSOS団は特別なものになっているのだろう。おそらく他の二人にとっても。
そして、僕にとっても。


「ふふふ、それは光栄ですね。 ――しかしそこはあなたの言うとおり自力で這い上がるよう努力しますよ。
 折角寄せて頂いている信頼を、無碍にはしたくありませんからね。」
「なんでそうなる。」
「僕が自力で這い上がれれば、あなたの手助けが出来ますからね。
いくらあなたが頑張ったとしても危機的状況の人間を三人も助けられるとは思えませんし。
つまり、『自力で這い上がってきて手伝え』ということは、『お前なら一人でも何とかできる』と『信頼』して下さっているのではないのですか?」
「……言ってろ。」
「そうします。」
「――もういいだろ、さっさと帰るぞ!」
「はい。行きましょうか。」






涼宮ハルヒ。 “神”である一人の少女に願われたからという、只それだけの理由で僕等はここに集まった。
理由も目的も変わらない。けれど、彼を中心に確実に変わっているものがある。
誰一人欠けてはこの不思議な居心地の良いと感じるようになった空間は為しえない。
涼宮ハルヒはそう思っていて、彼は彼女の願望を図らずとも分かっているけれども彼女のためだけに動くことは無い。
命令でもなく強制でもなく公平に、彼自身の思いと伴う行動。




彼が彼であるということ。



そんな彼の「特別」になれたらと願う気持ちが、少し分かる気がした。






何故かシリアス路線になった無自覚(仮)古泉。時期的には消失過ぎの雪山越える前か越えた直後かで。