現在の時刻は土曜の夕方。先程まで、俺は週末に出された課題に手をつけていた。
時期的にもサボるわけにはいかず (そもそも宿題をしないとハルヒが煩かったりするので) 真面目に昼間からとりかかっていたのだ。我ながら驚くことに随分と集中していたらしく、気が付くといつの間にか夕方になってしまっていて肩を落とす。課題以外に片付けておこうと思ったことがあったのだが仕方がない。買い物は後からでもいいだろう。
まずは夕飯を何にするべきか…と考えながら階段を降りていた時に、ピンポーンと、何の変哲も無ければ特筆も無い音が来客を告げた。 今日はこれから古泉が泊まりに来ることになっている。時間も丁度良いし、インターフォンに出るのが面倒臭くてそのまま玄関のドアを開けたのだが、居留守を使えばよかったんじゃないかと心底思う。
―――開けた玄関先に現れたのは、予想していた人間ではなく色とりどりの花束だった。
「こんばんは。」
情けないと言わないで欲しい。正直な話、俺は面くらって反応ができずにいた。
玄関を開けたら目の前に広がったのは極彩色で、それが花束だって認識できたのもちょっと後だ。
花束のおかげでいい香りはするし、天国へご招待されたのかと思ったな。
ご招待の割に聞こえてきた声は、我らが天使の朝比奈さんの声ではなかったので我に返った。
つまるところやってきたのは天国でもなく天使でもなく珍妙不可思議なものでもなく、単に馬鹿なことをしでかした奴なのであるが……それで? コレは一体何の真似だ古泉。
「開口一番がそれですか。」
すっと花束を下げてようやく見えた顔は、呆れ口調の割には面白そうに笑っている面という不思議な組み合わせだった。古泉にしたら標準装備だろうが何だろうが俺には無理な芸当だな。
それはともかく、もっと普通に現れられないのかお前は。両手に抱える花束持って参上するとはどこのオウジサマだ。
生憎ここにはオヒメサマはいないぞ。我が家のオヒメサマは現在母親と小旅行中だ。
勿論知っているだろうがな。
「ですからこれはあなたに、ですよ。」
どうぞとにこやかに差し出された花束に罪がないのは分かっているが、受け取ることにかなりの抵抗があるのを分かって頂けるだろうか…?今までの人生で花束なんかに縁はなかったし、お祝い事や挨拶で盛大に飾られているのを眺めたことはあったが、いざこうして目の前にあって貰う側に立っているのとは全然違うのだ。
というよりかそもそも男が男からこんな贈り物貰う状況って有り得るのか?俺の常識からいくと気色悪いと取れる事象なんだが深く考えすぎなのか?いつから俺の常識は常識ではなくなったんだろうか。
しかし……なんだ。いつまでも玄関先でこんな状態でいるのは嫌過ぎる。
ただでさえ古泉は目立つというのにこの花束との相乗効果で余計に目立っただろう。これで花束を受け取るのが妹ならば可愛らしいもので済むんだが、如何せんこの場にいるのは俺だ。近所の奥様方の格好のネタにされる。
それだけは勘弁したい。
「…………とりあえず、さっさと入れ。お前、目立ちすぎなんだよ。」
「そうですか? ではお言葉に甘えてお邪魔します。」
花束を引いて律儀にぺこりと頭を下げた古泉の頭に一つ溜息を落としてやる。
玄関を大きく開けて通りやすくしてやろうと思って身体を動かすと、花束に視界を奪われて気付かなかったが、古泉の後ろにはひとつ大きな荷物が置いてあった。泊まり道具一式にしてはでかいなと思うが、こいつのことだ明日の団活に合わせて何かしら持ってきているのだろう。あとは先に申告しておいた勉強道具一式…だな。
…………………………仕方がない。
「古泉、それを寄こせ。」
「はい?」
「お前が今手に持っているものをこっちへ寄こせって言ってるんだ。んで、お前は責任もってこのでかい荷物を部屋まで運んどけ。」
きょとんと呆けていたのも一瞬で、俺の意図を正確に汲み取った古泉は玄関を身体で支える俺に向かっていっそ厳かと思える手つきで馬鹿丁寧に差し出してくる。有難う、と言うべきなんだろうかね。この場合は。
荷物を抱えて微笑みながら二階へ上がる古泉を見送った後、俺はリビングへと足を運んだ。
花瓶があったか否か。あったとしてもこれ全部を飾れるか否か覚えてないぞ全く。
量を加減しろ、と呟きながらも台所周辺を漁っていると大きな花瓶が一つ。小さめなのが一つ。…これなら入るだろ。
やり方などは知らないので適当に茎を切りそろえて水を浸して花瓶へ挿す。これが母親ならばもうちょっと見れる形にするのだろうが、生憎と母親と妹は抽選で当てたペア温泉旅行ご招待で一泊二日の小旅行に出ている。
あんたも来る?と聞かれたが、日曜日にSOS団強制集合の要請が出ていたために止めたのだ。
あんたがいないと始まらないのよ!という団長のお達しには断りがたい気迫が…いや、いつも断れやしないのだがいつもよりも脅迫じみていたからな。 やれやれ、だろう?
肩をすくめる真似をすると、いつの間にか降りてきたらしい古泉が後ろでくすくすと小さく笑った。
「あなたも人が悪い。」
何のことかさっぱり分からんな。それと、人の心を読むなって何度言わせんだ、馬鹿。
俺の抗議を聞き流して古泉は先を続ける。何を言われるかなんて、想像が付くが。
「涼宮さんは、あなたがご家族と旅行に行かれる予定があったのだと知っていれば無理強いなんてしませんよ。
知っていたのでしょう?彼女たちがここのところ毎日何かしら動いているということを。だからあなたはあえて旅行に行かずに残った。」
「そんなこと言っていいのかよ? 俺は、今回のお前はそのことを俺に気が付かせないためのバリケード…もしくはカモフラージュの役割を担ってると思ったんだがな。」
「ご明察ですよ。……まぁ、正直なところ隠し通せる訳がないと思ってましたからね。」
ここ数日の女性陣 (主にハルヒだが)の行動を思い出したのか古泉は苦笑いを浮かべる。
そりゃそうだ。あんだけ意気揚揚と日曜日ね!遅れずに集合よ!と念を押される毎日を送れば嫌でも気が付く。
今夜、古泉を家に泊めて明日一緒に来るようにと厳命したのもハルヒだ。俺たちの『集合』なんて誰に奢らせるか否かの勝負事だと表しても過言じゃないってのにだ。まぁ、週末に出された課題の量を考えれば天からの助けとも言えたし、家族はいないし、気楽でいいということで文句も言わずに了承した。そのときの古泉の顔は面白かったな。
あれだけお膳立てしてしまえばフォローのしようもなかっただろうさ。 あいつも変なところで抜けてたりするんだよ。
――面白いから言わないけどな。
「まぁ僕は図らずもこの日にこうしてあなたの家に泊まれることになったので、涼宮さんに感謝してますよ。
こうして全部ばれてしまっているわけですが明日はいつもどおりでいてくださいね。
あなたなら出来ますから、いつもどおりでいてくださいね。」
ニ回言いやがったぞ、こいつ。俺だってそこまで馬鹿じゃない。気持ちは有難く受け取っておくさ。
普段と変わらない日になりそうな予感もあるが、年に一度のめでたい日だからな。
ところで一応聞いておく。この花束の山はハルヒの差し金…もとい明日の布石…じゃないよな。どうみても。
「ええ。これは彼女は関係ありません。僕からです。 本当は日付が変わってからお伝えするつもりだったのですが…
お誕生日おめでとうございます。」
真正面からはっきりとした口調で告げられた言葉に戸惑う。思わず頭を抱えてしまった。
あのな……お前も、よく考えて行動しろってんだ。本当に俺が明日のことをなんの邪推もせずに気が付いてなかったらどうするつもりだったんだ。
まさか俺に花束を持ってくるとは予想外過ぎる出来事だったから、サプライズには成功してるとは言える。
だがこんなご立派な花束持って「おめでとうございます」なんて言ってみろ。台無しだろ、色々と。
それとな、贈り物なら相手の家に飾れる量かを吟味した上で買って来いよ。お前は色々とやりすぎる傾向がある。
その場で捨てられても文句言えんぞ。
「それは悲しいですね。肝に銘じておきます。……でも、先程あなたは捨てませんでした。」
「玄関先に花びらぶちまけてみろ。帰ってきたお袋から何を言われるか分からんからだ。」
「それでも僕は嬉しいですよ。だって、あなたは何だかんだと言いながらもちゃんと花瓶に生けてくれているでしょう?
それで十分幸せです。」
手元に置いたままの花瓶と俺を交互に見て、古泉は綺麗な笑顔で笑った。
そんな顔を見て、あー……これは、ほんもののかおだな、とぼんやり思った時点で俺の負けなんだろう。
くそ、顔が良いってのはやっぱり得だな。それだけで武器になりやがる。
何も持ってない俺に手加減くらいはしてくれ。K.O.なんて御免だ。悔しすぎる。虚しすぎる。何より恥ずかしすぎる。
「………お前の誕生日っていつだ?」
「……祝ってくださるんですか?」
「気が向いたらな。」
ひらひらと手を振ると、それでも構いませんとまた幸せそうに顔を緩めるので本当に祝ってやらねばならない気がする。
まぁそれは随分と先の話のようだし、今はとりあえず目の前にある問題を片付けるとするか。
古泉が来てから結構な時間が過ぎてしまっている。限界も近い。
「ところで古泉。お前、夕飯何食べたい?」
俺の誕生日の筈だけどな。こいつに任せたら何が出来るか分かったもんじゃないというのも理由の一端ではあるが、
花束、課題の教授代、その他諸々含めた今回の礼だ。作れる範囲で聞いてやる。
ああ、でも買い物は付き合えよ。昼間行き忘れたんだ。
それと……小さいケーキの一つや二つくらいは買ってもいいよな? もちろん、お前の奢りでだ。
誕生日が全員不明なので、適当な日とお考えください(笑) ちなみに写真の花は薔薇とカーネーションです。
オレンジと黄が薔薇。仕事で作ったのを写真に撮ったのですが、役に立つとは思わなかった(爆笑)
花言葉は色々あるのですが参考までにいくつか。図らずも古キョンで吹き出しました☆
薔薇>> オレンジ :すこやか・爽やか・信頼・絆 / 黄 :友情・あなたを恋します・可憐・ジェラシー
カーネーション>> 赤 :あなたの恋を信じる・熱烈な愛情 / 白 :私の愛は生きている・純愛