他愛も無い穏やかとも言えるある日の放課後。
彼女は放課後になって口惜しそうに顔を歪めながら部室に入ってくるなり、今日の活動は中止よと告げた。
重大発表があるから時間厳守で部室にね!と昼休みにすれ違ったときに楽しそうな笑顔で僕に言ったときとは別人だ。大方彼女の家の事情でどうしようもないことなのだろうと推測できるが、むすっとして腕組みをする様子から、久しぶりの閉鎖空間の発生を覚悟せねばならないかもしれないなと思う。
そんな時、彼が彼女に向かって一言こう言った。
"そうか"   ――と。
ぴりっとした空気が一瞬で広がったのを感じたのか、部室に来た当初から窓際に座って本を読んでいる長門有希が小さく顔を上げたのが見えた。


「そうか、とは何よキョン! 今日はね、すっごく重大な発表を…!!」
「そんなことを言っても、お前、すぐ帰らなきゃならないんだろう?」
「〜〜〜っ、だからってねぇ!」


ええ確かに。ごもっともです。もう少し考えた発言をと常々申し上げてはいるのですが、何せ彼なものでして……僕ではどうすることも出来ないのだとここ最近はよく思い知らされています。
こうなったらフォローをすることくらいしかできませんね、と思い至り、当たり障りの無い発言でこの場を丸めようと思ったのだが、彼の方が早かった。


「別に何も、"中止になって良かったぜ" なんて言ってないだろうが。何があったかは知らんが明日は来るんだろう?」
「え……、そうね、…多分、休むまでのことにはならないとは思うわ。」
「今日じゃなきゃダメなのか? お前の思いつきとやらは。」
「…………別に。 思い立ったが吉日って言うでしょ。」
「じゃあ尚更だな。明日、お前を含めた全員が万全なときの方が、お前だっていいだろ。」

―――何度も聞くのは面倒だしな、という呟きは聞かなかったことにして。

「……………………キョンの癖に。」
「何か言ったか?」
「もういいわ。 明日こそは絶対だからね! いい!?」
「はいはい。」
「はいは一回!! ――ああもう、馬鹿キョンにかまってたらこんな時間じゃないの! じゃあ皆、明日ね!」


どたばたと元気よく慌しく部室を出て行く彼女の顔は、満面とはいかないまでもすっきりしたような笑顔で、この分ならば閉鎖空間を発生させるまでもなく消化されるだろう。
お見事。 それしか言いようがないくらい鮮やかなお手並みで彼女の機嫌を浮上させた彼に乾杯だ。
先ほどまでのやり取りを計算してやっているわけではないというのがまた何とも彼らしい。
その"彼らしさ"で幾度となくハラハラさせられてもいるのだが、こうして最後には上手く収まってしまうのだから、それが『神に選ばれた者』ということなのだ、おそらくは。 おかげで最近の彼女の精神状態は中学生のときなどとは比べ物にならないほどの安定さを保っていて、実に平穏な毎日が続いている。


「あの、それじゃあ私も片付けたら、着替えて失礼しますね。」
「ああそうですね、じゃあ俺たちは廊下に出てます。」


朝比奈みくるが片付けようと湯飲みに手を伸ばしたのを制して、彼は後でやっておきますからいいですよと笑いながらドアへと向かう。真っ先に帰るものとばかり思っていた僕が不思議に思っていたのが顔に出たのだろうか。それとも単に動かない僕を呆れたのか。お前もさっさと来いよ、朝比奈さんが着替えられないだろうがと促してきた。
僕等がいては彼女が着替えられないのは確かなので、そうですねと軽く返して席を立つ。
でも何故だろうか? いつもは彼女が帰り際に片付けてくれるのを甘んじているというのに今回は断って。最初に少しだけ反応を見せた後はまた黙って本を読み続けていた彼女をちらりと見るが、何一つ動いていない。ということは、特に彼と約束をしているわけではなさそうだ。残られるんですかと扉を出る前に尋ねると彼は振り返ってテーブルを指差した。


「ケリ、つけてからでもいいだろう?」


―――珍しい。
ゲームの途中で帰宅になることはよくあることだが、僕がもう少しと言わない限り彼の方から続きを願うことは殆ど無い。なにせ大半が僕の負けが見えている展開なので彼にとっては意味の無いものなのだ。けれども、こちらからお願いをすると渋々とした態度を取っても結局は付き合ってくれる。彼は本当に面倒見の良い性格をしているのだ。
その彼が自分からやろうぜと誘いをかけてくれている。
今日はもう何も起こりはしないのだと自分の感覚が告げている。


「なんだ、嫌なのか?」


断る理由などどこにも無い。


「とんでもない。喜んでお付き合いしますよ。」
「おま、顔が近い!!」


そう答えた時自分に浮かんでいた表情は相当緩んでいたなと、覗き込んだ彼の瞳に映った自分の顔を見て思う。涼宮さんのことは言えませんねと、こっそり苦笑するとそれを目ざとく捉えたのか彼がじろりと睨んできた。仕方がないじゃないですか。自分でも意外なくらい嬉しいんですよ。――そう素直に答えたくなってしまう自分。

ゆっくりと、けれども確実に彼という存在に感化されてきているのこの状況は、存外悪くなかった。






あともう少し









この小説を書くまで、長門とみくるを一回も喋らせていないことに気がつきました…(爆)
おっかしいな、大抵同じ空間にはいるんだけどな!
今回は微妙に無自覚古泉で!(笑)