ガサリ、ガサリと草を踏み分ける音を立てながら歩いて既に四時間は経過したと思う。
何で如何にもこんな山奥を歩いているような様子をお伝えせなねば為らないかというと実に簡単だ。
俺たちSOS団の面々はとある山のキャンプ場(仮)ともいえる場所に来ているのである。



天の川と笹の葉とメッセージ




本日は夏真っ盛りの八月七日。俺たち高校生は夏休みを満喫している最中である。
例年暑くなる一方の都会から一変してこんな何も無い山奥のキャンプ場(仮)に来ている理由は言わずもがな、アレだ。
去る七月七日に我等がSOS団の団長はこう仰った。
「………なんかつまんないわね。」と。
昨年同様笹の葉に短冊を一人二枚書いて吊るすだけでは物足りなかったらしい。何しろ高校入学前には北高の校舎に忍び込み端から見たら一体なにが書いてあるかさっぱり理解できない暗号をグラウンドにこさえたような奴だ。イベント毎にはそれなりのインパクトというものを求める気持ちは……多少なり分からなくもないが、如何せん俺とは想像と行動力の規模が違いすぎるために、「つまんないわね。」と言われても易々と何かを提案するわけにはいかない。提案したら最後、巻き込まれて丸められて押し流されるのが目に見えてるからだ。それで何度となく痛い目もみてるしな。
まぁ、最終的には楽しんでいる自分がいるのも否定はしないが、発言はよく考えてから!と心に決めていた。

そんな俺の決意を 「では、今年は天の川でも観に行きませんか?」 と、事も無げに発言し見事に打ち破ってくれたのは、現在俺と同じようにガサリ、ガサリと草を踏み分ける音を立てながら四時間は歩いているにも拘らずその面には笑顔をたたえたままで余裕ありますよ、と言われているようで非常に腹が立つことこの上無い我等がSOS団の副団長殿だ。

「今でこそ七月七日に祝ってますが、元々は旧暦……今年は八月七日ですか、その日に行われるものでしたし、その日は丁度我々は夏休み中ですからね。梅雨明け後の台風が心配な時期ではありますが、天候はこの際天に任せることとしまして空気の澄んだちょっとした山の方へキャンプがてら七夕を祝う…というのは如何でしょうか? キャンプともなるとさすがに我々だけでは危険ですので、昨年同様今年の夏も企画していたミステリーツアー夏(仮)をそのキャンプの後に予定変更して、彼らに保護者として同行してもらう手も考えているのですが…」

と、予めこの展開を予測していたかのようによどみなく計画を口上し、そして、古泉が全てを言い終わる前には「さすが古泉くん!! いいアイディアだわ!!! そうよね、何も世間一般にあわせることはないんだわ。今年は八月七日にもやるわよ、七夕!!!!」と有無を言わせない迫力とともに立ち上がったハルヒが、夏休み序盤から中旬にかけての予定をあれよこれよと決めて現在に至る。
―――というわけなのだが、この状況を解って頂けただろうか。
ああ、なぜ、現在進行形で俺と古泉が山の中を歩き回っているのかという説明が抜けていたな。それも実に簡単だ。
「私達は近くの小川で色々小物の準備をしてるから、あんたたちは山の中から笹を採ってきなさい!」
とのご命令が出ているからである。しかも、その難易度は非常に高い。

「涼宮さんのご要望は、ずばーんばしーんどーんとして私達が短冊を吊るすのに相応しいものに限る! ですからね。」

…………心の中を読むなって何度も言ってるだろうが。
「それは失礼致しました。」って笑ったって、この状況で笑顔を浮かべていられる奴ほど胡散臭いものはないって覚えておけ。


「大体、ずばーんばしーんどーんってどんな比喩表現の仕方だよ。 小学生レベルかハルヒの奴…!」
「まぁまぁ、とても涼宮さんらしいではないですか。」
「……お前、それで何度か却下を喰らってるってのによくもまぁ平然としてられるな。ハルヒの奴が片っ端らから却下していくお陰で周りには笹が山のように群生している中延々四時間歩きっぱなしだ。元はと言えばお前が言い出さなきゃこんな山の中を歩き回る必要もなかったんだがな?」
「手厳しいですね。けれど、このキャンプ自体はあなたも楽しみにしていたでしょう?」


妹さんを連れてこないように手回しをしっかりするくらいには、ね。と言われてしまい言葉に詰まる。いや、断じて邪魔をされたくないから置いてきたわけではない。キャンプにミステリーツアーと続く長い旅行に妹はまだ小さいから危ないと思ったまでだと強く主張しておこう。
まぁそれはどっかに置いとくとして、いい加減何とかしないと話が先に進まない。太陽も傾いてきたらしく木漏れ日の色が夕焼け色となってきた。黄金色で明日も良く晴れるだろうし、夜中の天の川見物も首尾よく行くだろう。俺たちが、無事に笹竹を取って持ち帰られればの話だが。
さて、本当にどうしたもんかね。この山は一通り歩いてみたが、どれもこれもハルヒに却下されたものたちと似たような代物しかない。第一、市場に出ている以上のものがこの辺に群生してるとは思えないんだがな、どう思うよ古泉。


「……って、お前なにしてんだ?」


いつも小煩い奴がさっきから黙ってると思って振り返れば、古泉は手のひらで何かを遊ばせている。真面目に話しているんだから聞けよ、とも思ったが興味を引かれたので黙っていた。悪戯が見つかってしまった子供のような表情をした古泉が苦笑しながら手のひらを広げて見せる。


「ああ、ちょっと思いつきで……笹舟です。」
「笹舟?」
「おや、ご存じありませんか?」
「知ってる。けど、実物はあまりみたことないな。」


古泉の手から笹舟を取って眺める。住んでいるところに笹は生えていないし、昨年と今年使ったものはそのまま部室においてあるから、本物の笹舟を見るのは親にキャンプに連れて行ってもらっていた小学校以来かもしれない。懐かしいな、という気持ちが沸いてきてふと顔が緩んだ。それにしても、器用なもんだ。俺が随分と昔に作ったときは、勢いよく切り込みを入れすぎて破けたりバランスが上手く取れなくて苦労したような思い出があるんだがな。
しげしげと眺めてから古泉の手のひらに返すと、ふふふと小さく笑われた。


「それは子供の頃の話でしょう? 今作ったら違うと思いますよ。僕も昔は………」
「……昔は、なんだ。」
「…いえ…なんでもありません。忘れてください。」
「―――そうかい。」
「あなたも、作ってみては如何ですか? キャンプの近くには小川もありますし、流せますよ。」


子供に返るのもまた一興かと、と古泉は話を反らす。以前に比べて格段に距離が近くなったと認めざるを得ない関係の俺たちではあるが、こうやってふいに昔のことを口に出しそうになると古泉は決まって話を反らした。言えないのか、言いたくないのか、おそらく後者だと睨んでいるが別に無理に聞きたいとは思わないから構わないことにしている。言いたくなったら言えばいいし、そのときに言う相手が俺であるならばそれで構わない。だからとりあえず今は、変えられた話にのってやるのだ。


「まぁキャンプに戻ればそれもいいかもしれないがな。目下の検討事案は笹だ。それがないと笹舟流しどころかあの場に戻れないだろうが。」
「ああ、そのことでしたら、もう手は打ってありますよ。新川さんにお願いして、準備してもらっていますから。」
「………………は?」
「確か、もう少し奥に入ったところにそれとなく用意してありますよと先ほど戻った際に教えて頂いたんですけどね。」


あ、ほらありましたよ。と古泉が指をさした先には、確かに、確かに今まで俺たちが見つけて折った笹とは比べ物にならないくらいずばーんばしーんどーんとした笹がある。ああ…あれならハルヒのお許しも出そうだよな、って、いやいやいやいやいやちょっと待て? お前、そんなんがあるなら最初から言えよ!!ハルヒに何度も却下されることもなく、四時間以上もこんな山の中をさ迷い歩くこともなく済んだだろうが!!!


「何を言ってるんですかあなたは。たかが高校生男子二人が何の苦労もせずに上手いことやったら涼宮さんになんて言われると思うんですか? ここでまたつまんないわね、などと言われてしまったら全てが水の泡ですよ。これくらいが丁度良いのです。」


……理屈は解る。そのためにここまで来たのだから無駄にするわけにはいかないというのは解るが納得できん、というかしたくない。俺の麗らかな午後の時間を返せ。






++++++++++++++++++++++++++++++++++++






「おっそい!! いつまでかかってんのよ、こっちはもうとっくに準備が終わってるって言うのに!」


意外と重かった笹を抱えて山を下った功労者である俺たちを……いや、この場合は俺だけに対してだろうけど、出迎えるにしてはあまりな言葉を聞き流す。


「あー悪かった悪かった。 ほら、これならいいだろ?」
「……そうね、キョンにしてはよくやったわ。」
「半分は古泉だ。」
「勿論でしょ! ありがとうね、古泉君! みくるちゃん、有希、手伝って!」


いつものことながら態度が雲泥の差だな、おい。
満更じゃなさそうに笹を抱えてテントまで戻るハルヒの後姿を見て思うが、そのテントの横に笹を立てる場所を準備していた新川さんと森さんの二人と目が合ったので、何も言わずに軽く会釈した。あちらも心得ているのかにっこりと熟練した笑みを浮かべて、どうかしらと寄ってくるハルヒの対応を始めた。さすがプロと感心する。
山を下り終える頃には太陽は山陰に隠れてしまい、辺りはすぐに薄暗くなってしまった。テントの辺りはランプが灯してあって準備されたテーブルの近くでは夕飯がすでに作り終えているらしく手作りのかまどの上で温められていた。ついでに川で獲った魚まで焼く準備が出来ているのだから、機関の人たちの尽力とハルヒの手際のよさには恐れ入る。
天の川を観測するためか、テントから少し離れた場所に用意されていたテーブルと椅子があった。笹に飾る短冊は前日までに書いてあるし、とりあえずやることも見当たらないので座って一息ついたところに、朝比奈さんが冷たいお茶を用意して手渡してくれた。ここまできて給仕をしてくれる朝比奈さんが可哀だと思いつつも、非常に有難かったので心の底から感謝の意を伝える。顔には出さないが、俺の隣に腰掛けた古泉も有難かったのだろう。普段よりも深い笑みを浮かべてお礼を述べていた。

二人並んで座っていてもハルヒが何も言わないということは休憩してもいいということだ。
折角だから存分に休ませて貰おうと思っているのだが、さっきからどうも同じ場所を二人して眺めている気がする。
…………それはそうだよな。目立つもんな、アレは。


「……古泉よ。」
「はい、なんでしょうか。」
「やっぱり、山の上からみえたアレはアレで見間違いじゃなかったみたいだな……。」
「そうですね。さすが涼宮さんと言うべきでしょうか。」


はぁ、とでかい溜息と小さな含み笑いを同時にこぼした俺たちの目線の先には小川がある。その川を挟んで少し拓けた場所に、結構な数の白い石が意図を持って並べられている。
ここから見ると平面なので解りにくいが、先ほど山を下ってくる途中に川の横に非常に良く見覚えのある絵柄が浮かんで見えたのだ。見間違えであって欲しいと思いながら下ったが、アレは間違いなく、ハルヒの奴が高校入学前にグラウンドにやらかしたことをそのまま再現した解読不能のアレだった。グラウンドのような広さはないので規模は随分と縮小されているが、その分細かく描かれているようで目を疑った。


「………あそこまで石を集めるの、相当苦労しただろうな。」
「山で笹を散策していた方が余程楽だったかもしれませんね。」
「しかし、相変わらず何て書いてあるのかさっぱり解らんな。やっぱり、前と同じなのか?」
「違う。」
「おお長門。 …ってアレ、違うのか?俺には同じようにしか見えんのだが。」
「僕もです。 写真でしか見たことはありませんけれど……何か、違うのですか?」


俺たち二人と小川の向こうをちらりと見比べて、長門は微かにわかるくらいの動きで首を縦に振った。


『 私達はここにいる。 』
「え?」
「あれは、そう書かれている。」


それだけを告げて長門は俺たちの横を通り抜けてハルヒの方へと向かう。その後ろ姿を俺より目を丸くしながら見送る古泉を見て、俺は意地悪く笑った。私「達」だとよ。 俺らの団長様は、随分とご成長なさったみたいだぞ古泉。


「そう…、みたいですね。…………驚きました、正直。」
「ま、俺も驚いたがな。 ―――届くと思うか? あれ。」
「届きますよ。涼宮さんたってのお願い、ですからね。」
「それもそうだ。」


顔を見合わせてにやりと笑いあう。ああ何故だろうな、嫌だとは一つも思わない。ほんの些細な違いしかないはずなのに、何故だか非常に楽しく思える。朝比奈さんも、長門も同じようなことを感じているのだろうか? 先ほど顔をみた二人はとても嬉しそうに見えたから、間違いないといいなと思う。
行儀悪くテーブルに肘をついて、古泉がまだ持っていた笹舟をいじっているとハルヒがこちらへ駆けてきた。


「キョン、古泉君!夕飯にしましょう!その後はいよいよ天体観測だからね!  ………あら、笹舟?
 キョンが作った……わけはないわよね、古泉君?」
「ええ、随分久しぶりに作ったので少々歪んでしまっていますが。」
「懐かしいだろ?」

ほれ、とハルヒの手のひらに笹舟を乗せてやると、ハルヒは壊れ物を扱うような優しい手つきで笹舟を触る。

「本当ね。そういえば、笹はあったのに今まで作った事なかったわ。」
「先程、山を下りながら彼と話をしていたのですよ。丁度小川もありますし、作って流してみたら案外面白いのではと。」
「いいわね、今日は七夕だし。 後でみんなで笹舟流しをしましょう!誰が一番綺麗に作って誰のが最後まで沈まずに願いを運べるか競争よ!! でもまぁ、その前に夕飯で腹ごしらえね。早く行きましょう、二人とも。」


笹舟を持ったまま、テントの方へと俺たちを促すハルヒを追いながらじろりと古泉を見る。
わざとだろう、お前。わざわざここまで笹舟を持ってきて俺の目の前において、ハルヒが呼びに来るのを見計らってたかのような行動だ。またやることが増えたじゃないか。明日からはミステリーツアー夏(仮)だぞ?只でさえ天の川観測で夜中まで起きてること間違いなしだっていうのに、どうするんだこの馬鹿。


「やること目白押しで楽しいじゃないですか。退屈しないでしょう?」
「お前等といて退屈なんかするかよ。」
「ふふふ……確かに。僕も、退屈したことはないです。」


笑いながらテントへと戻る際に、古泉が急に立ちどまった。何事かと思ったら右手を引っ張られて、その上に何かを乗せられた。反射的に握り締めようとして、慌てて力を緩める。手の中にはハルヒが持っていった笹舟より二周り程小さな笹舟が存在していて、吃驚した。……器用な奴だな、本当。


「先程、少々念を込めながら作ってみました。」
「念かよ。」
「僕のはおそらく、笹舟を流しても届くことは無いと思うので、あなたに差し上げます。」
「…………。」
「皆さんは、どんな願いを込めながら笹舟を作るのでしょうね。」


そんな言葉を残して古泉は俺より先にすたすたと歩き出す。
暫し呆然としていると、涼宮さんに叱られてしまいますよと笑いながら古泉が手招きしていた。
馬鹿な奴だな古泉。何の願いか解らないと届いたって叶えようもないだろうが。
言いたいことがあるなら後で直接言えよ。それでちゃんと届いたなら、善処はしてやる。
天の川に佇む神様もそう言うと思うぜ。…………七夕だからな。








昔はよく近くの公園で笹舟作って流して遊んだりしてました。楽しかったですねー、今思えば(笑)
最近は笹の葉自体をみかけないので、少し寂しいです。