エンドレスエイト期間に ( 8/31と9/1 ) ブログにて書きなぐった物。その追記など。本編ネタバレ注意。日付クリックでどうぞ。
0817-1 < ゆりの >
*
何度も、何度も、繰り返し刻まれる記憶の断片が、リセットされるたびに心の奥底に降り積もっていく。
他愛ない話をして、来るはずの無い明日のための宿題を習慣のように片付けていた。やらなくたっていいんだよな、そんなことわかってる。けどそれを口実に古泉とあと数時間でもいい、そばに居られるのならそれもいいんじゃないかなんて。莫迦なことを考えたんだ。
ああ、そうだよ。俺が莫迦だったんだ。
最後の最後の瞬間まで一緒に居られればいいだなんてそんなどこかの映画のワンシーンみたいな莫迦なことを考えてしまったために、俺はお前を傷つけた。
古泉、お前の心を、曲げてしまった。
「諦めるな。まだ時間は―――」
そう言う自分の方が、もうとっくに諦めていた。残りの数時間でいい、なかったことにされるこの過去の一欠けらを、それでも古泉のそばで過ごしたいだなんて。そう思った時点で俺はもう諦めていたのに。
だけど、お前の心を曲げてしまおうなんて、思っていなかったんだ。
目を閉じて耳を塞いで全部拒絶して、そうしてお前の心が元に戻るのなら、なんでもしたい。だけど、
「どうか聞いて下さい」
そんな、祈りを捧げるみたいに。酷く切なく、掠れた声で、古泉が言うから。
「あなたに嘘をつきたくない」
だから、神様に背いてしまうその信者の手を、取りたいなんて、思ってしまった。
取ってはいけないのに、抑えられない自分の感情に唇を噛み締める。開いた眸に映るのはどうしたって歪みを消せない笑顔。部屋の何処かで鳴る秒針の音が急き立てるように耳に届く。タイムリミットまであとどれだけかなんて、時計を見ていない自分にはわからない。だけど、何故だろう。あと数秒もないことを俺は知っていた。
そうだ、俺はこの結末を知っている。
「僕は、あなたが」
その時になってわかった。その声も、それを紡ぐ唇も、笑っていない眸も、仕草も。一秒一秒動きの一つ一つを全て、この脳細胞の全部に刻み込みたい。だけどそれは叶わない。この一秒一秒も全てリセットされて無くなってしまう。
俺はそれを、何度も夢に見た。
――――――あなたが、
夢に見た残像が、目の前の古泉と重なる。
古泉の唇が、夢のそれと同じ軌跡を辿る。
―――――――――あなたが、好きなんです。
声が、耳に届いて。意味を理解する、その瞬間に。
『俺』の意識は途絶えた。
夢を見た気がした。唐突に目を覚ましたその夜、薄暗い天井を見上げてそう思った。
夢の内容は覚えていない。
だけどなぜだろう、古泉がいた気がする、そう思って。
眦を伝う冷たさに気がついた。
指先を触れさせる。そこに、涙の跡が幾筋か残っていた。
0830-1 < 美鈴 >
暑中見舞い申し上げます。
朝起きて居間に入ると、そんな言葉から始まる葉書が一枚、遅くなるなら連絡しなさいよ、という母親が書いた小さなメモ書きと共に居間のテーブルに置かれていた。
内容は誰に読まれてもいいような当たり障りの無いもので、何か仕掛けがあったりするわけでもなかった(一応、あぶり出しくらいまではチャレンジした)。差出人は古泉一樹。夏休み後半に入ってからというもの、毎日毎日顔を合わせている男からだ。しかも、先日までは古泉の家に寝泊りしていたのに、だ。
だというのに何を思ったのか知らないが、暑中見舞いも何もないしこれくらいは口で言えよと思う。
呆れながらぺらりと裏返すと、とても見覚えのあるものが印刷されていた。
というか、見覚えがあって当然だ。この写真は、先日古泉と出かけたときに撮ったもので、俺と古泉しか見ていないあの海の写真だからだ。
今日は8月30日。
前日夜中までの馬鹿騒ぎの後、今日はこれからの予定をどうするかの最終打ち合わせをするとのご命令でいつもの喫茶店待ち合わせだ。いよいよ夏休みも最後の日を迎えるだけとなるのかと思うとほっとするような辟易するような、悲しいような……複雑な心境だ。まぁ、明日はハルヒが今までの怒涛のような大騒ぎに満足していれば予備日のはずだから………とりあえず、古泉に宿題を手伝わせよう。勉強道具を持参して泊まりに行ったというのに何一つとして進まなかったのはあいつのせいでもあるからな!
「また、部室でお会いしましょう。」なんて書いてるが、嫌でも明日巻き込んでやるさ。…というか、これを俺がいつ読むのか考えて出したんだろうかね?あいつは。
ふと時計を見ると、11時ちょっと前。やべ、あと1時間もしないうちに出ないと遅刻だ。
葉書をポケットに突っ込んで、遅刻を避けるために準備を始めた。
0830-2 < 美鈴 >
暑中見舞い申し上げます。
そんな言葉から始まる葉書が一枚、小さなメモ書きと共に居間のテーブルに置かれていた。
今日は8月30日。
前日夜中までの馬鹿騒ぎの後、今日はこれからの予定をどうするかの最終打ち合わせをした。とはいっても、組みあがった予定は遊びではない。「宿題を片付ける」という至極まっとうな学生の本業だ。いつもの喫茶店で大声を上げてしまったのはすぐにでも抹消したい記憶だが、今はそんなことはいい。それよりも、ようやく何かが終わって何かが始まる…そんな予感が頭をよぎる。明日までは各自詰めるということで、ハルヒに散々念を押されながらも今日は早々に解散となった。
予想よりも早く帰宅した家には、誰もいない。出掛けに「午後は出かけるから、いないかもしれないからね。」と母親から言われていたことを思い出した。
飲み物を取ろうと居間に入ると、テーブルの上に母親から言われたことと全く同じ言葉が書いてあるメモと読めるか読めないかギリギリラインの文字で俺の名前が書かれた葉書が一枚一緒に置かれていることに気が付く。
夏休み後半に入ってからというもの、毎日毎日顔を合わせている奴の字だ。毎日会っている……というかさっきも会ったんだから、暑中見舞いも何もないしこれくらいは口で言えよと思う。
なのに、そんな馬鹿丁寧な言葉から始まる他愛も無い数行の文章が、ひどく懐かしい。
なんでだろうな。考えても、それは良く分からない。解るのは繰り返した夏休みの中で、同じようなことがあったのだということ。それと同時に、葉書に書かれている願いが叶わなかったということ。長門に言わせると、後半になるにつれてシークエンスのズレは多くなっていたという。だから前の「俺」が今の俺と同じシークエンスを辿ってきたかは解らない。この葉書が届いていたのかも解らない。
けれど、裏返した先に印刷されていた写真をみて、何故だかじんわり涙が浮かんできてしまい、慌てて目元を拭った。
明日は早い。そして、最も長い一日になるだろう。
そうして迎えた朝は、何かが始まると思うんだ。多分、な。だから今は、明日のことを考えよう。
「また、部室でお会いしましょう。」
最後に書かれた一文を読み直して、葉書をポケットに突っ込んだ。
0831-1 < ゆりの >
アルジャーノンに花束を、という本を長門が貸してくれたのはうだるような暑さの夏休み、インチキ殺人事件の起こった孤島への旅行の直後だったと思う。普段特に自己主張もせず部室の片隅で読書にふける静かな文芸部員が何を思ってこの小さな文庫本を俺に貸してくれたのか、その理由は聞いたが硝子球のように澄んだ色を乗せた瞳は何も答えてくれなかった。ただその文庫を、長門が貸してくれたのだから何か意味があるのだろうと普段持ち歩く鞄の中に入れて、だけど俺はそのままその本の存在を忘れてしまっていた。薄情とは言わないでくれ。怒涛のように我らが団長様が夏休みに予定をきっちきちに詰め込み遊ばされたおかげで俺の記憶は色々と吹っ飛んだりしているんだ。ああそれともう一つ、その団長の我儘に付き合って、ここ二週間ほどがどうも繰り返し続けているらしいのだ。道理で見たこともないものを思い出したり、やったことがないことでも既視感を覚えるわけだ。
だから、俺の記憶は色々とぐっちゃぐちゃになってしまっているんだ。
「あなたが文庫本をお持ちとは、珍しいですね」
「勝手に漁るな人の荷物を」
夏休み最終日、団長様ことハルヒは夏休みを鬼のようにSOS団の活動で埋め尽くしたのだが、最後のその日だけはゆっくり休んで、と予定を空けてくれた。俺はさっぱり終わっていない夏休みの宿題を同じく終わっていないという古泉の部屋で片付けていた。なんで古泉かというと、成績優秀なこの同級生に俺は少しでも宿題の量を軽減できないかと浅ましくも思ったためである。
「漁ったわけではありません。荷物を移そうと思いましたら落としてしまいまして」
古泉が俺の鞄を片手にその文庫を手に取っている。買われたんですか?と問われたので長門が貸してくれたんだと答えた。
「名前は聞いたことのある本なんだが…まだ読んですらいないぞ」
はっきり言って本と名のつくものなど漫画と学校の教材くらいしか触れたことのない俺にとってその文庫は読み始めるにはあまりにきっかけがなさすぎるものだった。そしてそのまま忘れてしまっていたというんだから長門には本当に申し訳ない。今日中に読むのは無理だろうから、夏休みが明けて、それからになるんだろうと思って、その夏休みが繰り返しているという事実を思い出した。
「俺は…いつになったらそれを読むんだろうな」
時間にすれば九月に入ってからだ。だけど九月は来ない。今回もきっと。そして俺が今の今までその本の存在を忘れていたように、巻き戻った時間の最初で、また俺はその本の存在を忘れてしまうのだろう。
長門は500年も、その本を俺に貸してくれている。
あいつの中ではそれだけの時間が蓄積されている。
俺の思考のどこかを読み取ったのか、古泉は読みますか?とその本を俺に差し出した。小さな文庫の表紙に綺麗なフォントで飾るように書かれた本のタイトル。それを見て、なぜだろう。俺はこの本の結末を知っている、そう思った。
「花束を、いや花じゃないな」
「はい?」
結末は覚えている。主人公はアルジャーノンという小さな鼠に花を贈るようにとメッセージを書くのだ。だけど俺が覚えているのはその結末を人から聞いたということと、キーワードのように湧き上がってくる、ことば。
「花はだめだ。…そう、サボテンを」
花ではすぐに枯れてしまう、だからサボテンを。
湧き上がる言葉の渦。繋がりの見えないパズルのピースのようなそれを必死でかき集めて、目の前に立つ男を見た。
「サボテンをやるって」
そう、言わなかったか、と考えるより先に言葉が滑り落ちる。
誰に言った言葉だ、それすら覚えていないのに、それは古泉に対して言った言葉なのだとなぜか思った。そんな言葉、古泉にしか言わないと確信を持っていた。
古泉が目を瞠る。琥珀の瞳、それが歪む残像を見た気がした。
――――俺はいつ、この言葉をお前に言ったんだろう。
0831-2 < ゆりの >
未来が切り離された瞬間、それを嘆いて泣いた朝比奈みくると違い僕の心はひどく穏やかなものであると思った。
最初は足掻いた。
切り離された未来を取り戻すべく全ての力を尽くした。それでも、途中で幾度も膝を折りそうになった。未来を切り離す、その甘美な誘いに僕は心惹かれた。彼はわからないと首を振った。
「簡単ですよ、ゲームでリセットボタンを押してやり直しがきくとわかっているのなら、選ばなくてもいい選択肢を選んでみることができるんです。たとえそれが悲劇しか生まない結末を辿ろうとも、リセットすることができる。僕には酷く誘惑的な話だと思いましたよ」
神に尽くす日々を送る僕にとって、神に逆らうという選択肢はないも同然だった。だけど。
その選択肢が生まれた途端、不意にがんじがらめに縛られていた糸を解かれたような気がした。
「諦めるな? 何を言うんです、もう僕らは失敗した。それはあなたもわかっているはずです。明日は来ない。リセットされるならその宿題をやる必要などないように、僕もリセットされるならば、それがわかっているあと数時間でいい、自由になってもいいでしょう?」
許可など必要ない。これは僕のエゴで、そしてなかったことにされる過去だ。
「だからお願いです。目を閉じないで、耳を塞がないで」
どうか聞いて下さい。
彼は口を挟むことをやめた。
僕が安堵して微笑むと、彼は酷く泣きそうな顔をして、唇を噛み締めた。もしかしたら、彼は知っているのかもしれない。僕が今そうしたように、今までの僕も最後の最後でこの選択をして、彼はそれを覚えているのかもしれないと思った。
それでも。
この消えゆく最後の時間だけでいい。
「あなたに嘘をつきたくない」
だからどうか、聞いて欲しい。
「僕は」
――――――――――あなたが、好きなんです。
0831-3 < 美鈴 >
終わればいいと思った。
終わらなければいいと思った。
気の遠くなる程繰り返されている夏だと、長門にそう言われて何度目の夏なのだろうか。
繰り返し繰り返し、リセットされる身体の記憶と精神の記憶。
けれど、繰り返されるたびに確実に蓄積されているほんの少しの断片が、やけに脳裏にちらついて離れない。
正気かと、疑いたくなるほどいかがわしい行為の記憶もある。
恥ずかしいと、穴を掘って隠れたいくらい初々しさで真っ赤になっている記憶もある。
心臓の辺りが苦しいと、もがいた記憶もある。
触れた体温の暖かさに幸せだと感じた記憶もある。
ひたすらに悲しくて虚しかった記憶も、ある。
すがすがしいほど、何もなかった……と推測できる記憶もある。
きちんと綺麗さっぱりリセットされるか上書きされるかどれか一つだけ覚えていれば、こんなにぐるぐるとしたデジャヴに襲われることもなく、断片的な思いに振り回されることもなく、苦しまなくてもすんだのにと思う。
けれど、苦しいのは嫌だし面倒臭いと思う一方で、好きだと言われて、愛してますと囁かれて、泣きたくなるほど嬉しかったり幸せだったと確かに感じた記憶に揺さぶられる。気が付けば、いつの間にか目で追って言葉で求めて、応えを求めてる。………どこの少女漫画だこれは。
しかも一連の相手は古泉だってのにな。
どうかしてると思っても、それが今の俺の真実で全てだ。
こんなに苦しいならこのまま終わればいいとも思う。
でも、この気持ちを抱えたままでいいと……終わらなければいいとも思う。
やれるだけのことはやった。『明日』が来るか否かは、ハルヒ次第で俺はもう願うのみだ。
でも正直、日付変更の瞬間は見たくない。だから早々に布団の中に潜っている。
目を閉じて思うのは、あいつのことだけ。
PM11:51。携帯電話が鳴った。
0901 < ゆりの >
いちまんごせんよんひゃくきゅうじゅうはち回。
アラビア数字に直して15498回、だ。
俺たちは夏休みの最後二週間を繰り返し続けた。
はっきり言ってそんな途方もない数字、実感を伴わないな。1回2回なんていう馴染みのある数字なら兎も角1万5千って、なぁ?
「確実にその回数、夏休みを繰り返したのだという実感は僕にもありませんよ。でもそれを否定できないくらいには実感なさっているのでは?」
僕はそうですよ、と隣を歩く古泉が笑う。その前にはSOS団の花こと女子3人組がいて、軽い足取りで坂道を降りていく。実感はわかない、だけど、その光景を見るのは酷く久し振りだと思えた。そう、夏休みという長期休暇ぐらいではすまないような長い長い間、見ていなかった光景だ、となぜか思った。
「594年か」
単純に計算しても人生を6回くらいは経験できる。あの団長が飽きもせずよくもまぁループし続けたものだ、と俺はその数字の示す時間の重さにある意味感動さえ抱いた。
「それだけ心残りが強かったんでしょう」
古泉はそう言った。ハルヒの精神分析専門家が言うんだからそうなんだろうさ。俺もそれは正解だと思う。
だけど、そうだな。それだけじゃなくて。
「…楽しかったんだろうな」
多分、きっと。
繰り返し続けた張本人であるハルヒも、俺たちも。その二週間を何度繰り返してもいいと思うほど、楽しく感じたんだと思う。
飽きもせず毎日同じメンバーで会い続けて、あの15498回の二週間で何度も同じことを繰り返した。記憶がなかったからだ、なんて言っても、本気で嫌だと思っていたら15498回も繰り返せない、そんな気がした。
594年も、俺はこのSOS団のメンバーと居て、ハルヒに怒鳴られたり命令されたり無理難題を出されたり、朝比奈さんのお手製のお弁当を何度も食べたり、あの物静かな長門に説明を求めて、心配して、こんな風に古泉と並んで歩きながら、幾度も話をしたんだろう。
想像すると正気を失いそうな話だってのに。
どこかで確信を持ってしまう。
多分きっと、何度繰り返しても。
俺は飽きもせずにこのメンバーとともに生きて。
「…古泉、俺はお前と並んで歩くのは嫌いじゃない」
だからきっと、俺は何度もこうやって、お前の隣を歩くんだろうさ。
幾度も繰り返したその時間の中で、俺が多分そうし続けたように。
俺はお前のそばに、ずっといたいと、きっと何度も思うんだ。